白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 専門は社会教育と文化振興

たった一つのPhotoshop

これは学生時代の思い出話。

私が精神障害により引きこもっていた学生時代の時。この障害って不思議なもので、動けないし、食べられないのに、何故かネットだけは出来るという現象があった。精神障害といっても、症状の出方は千差万別だと思うけれど、何故かネットはできるという人はチラホラ見かける。もちろん一番酷い時は寝るしか出来なかった。が、しばらく落ち着いてくると、何かしないといけないという焦燥感のようなものが出始める。寝転がってもできて、ただ見飛ばしていれば良いインターネットの世界は最適だった。

この先はかなりディープな話題になるので簡単に。

インターネット自体は、まだヤフーJAPANが強い時、電話回線に繋いでいた時(ダイヤルアップ接続時代)からいる。2ちゃんねるが全盛期の電車男もリアルタイムだったし、西鉄バスジャックの犯人は私と同じ主治医だった。YouTubeはただの海外サイトで、ニコニコ動画は会員制ですらなかった。
昔は生配信といえば、ピアキャストUstreamが強かった。いつからかニコニコ生放送が抜いて、今はYouTubeの一強。ピアキャストやニコ生で嫌われものだった獣神さんだぁシバターも、今はYouTubeでシバターとして金を稼いでいるし、ニコニコ生放送の横山緑は立川議員に。
PCゲームもかなり遊んだ。key、leafアリスソフト…以下略。
ゲーム・ハード業界板(ゲハ)で就活の情報収集。(クリエイター志望だった。)あの世界は独特。PS3で焼き肉焼いたり、どん判・金ドブ、モノ売るってレベルじゃねーぞ、48…以下略。
今思い返してみても、昔のインターネットはアングラだらけだった。SNSも書き込みもしてこなかったのが逆に黒歴史を作らなくて良かったと思う。

そういう訳で、インターネットにはどっぷり浸かっていたため、動画編集や画像編集だのは一通りできるようになっていた。aviutl、WMM、PhotoshopEL、GIMP、SAI、音声合成ソフト(名前忘れた)。セル○スというソフトウェアメーカーの広報を新卒で受けたこともある。東日本大震災直後で、一次試験に出席したのは私だけだった。なのに二次試験に遅刻をしたため、そのまま落ちた。

その時のスキル?は、現在も全く役に立っていない。PCゲームのデモ屋に憧れた時代もあって、MADや再現動画もよく作ったんだけどなぁ。

ちょうど同じ頃に、漫画家かイラストレーターを目指していた友人がいて、私は何だかんだで全うな道に進むことに決まっていたから、当時使っていた正規品のソフトを全部あげてしまった。そのなかには、PhotoshopELもあった。正規のPhotoshopに比べたら値段も安いし、たいしたことできないエレメンツ(廉価版)だったけれど、彼は素直に喜んでくれた。卒業後、彼はフリーのイラストレーターになった。

いろいろあって結局、彼とは疎遠になっている。
就職してからたまたま私がブックフェアに、あちらがクリエイターズエキスポに参加していて、ビッグサイトで数年ぶりに再会するというハプニングもあった。しかし、それっきりだ。
インターネット上では、彼がまだそれなりにフォロワーのいるイラストレーターを続けているのを見ることができる。一時は精神的に不安定になっていたようだが、最近はどん底を抜けてきたように思える。
彼のフォロワーの中には某「ハイパーリバ邸」の管理人だの、フリーランスの何だのがいて、互いに励まし合っているやり取りを横からぼんやりと眺めてしまった。

あぁ、こいつもあっちの世界の住人なんだなぁと。

書店に並ぶ商品を眺めていると、彼の描いた表紙の雑誌が紛れていることがある。もしかしたらこれあのときのPhotoshopEL使ってんのかな?とか思ったりもする。でも、そうでなくて、Illustratorの正規品らしい。いつの間にかそんな高級製品を使えるようになったんだな。

私も動画編集を続けていたら、弱小制作会社の下請けぐらいにはなれたかな。

まあ、今更なりたくはないか。

国立大学や早慶上智を出て非正規司書はよくある

toyokeizai.net

この記事を何度も繰り返し読んでしまう。何故なら本当に典型的な司書の例だったからだ。

私この手のコメント欄は何もしらない馬鹿野郎どもが好き勝手言っているから基本的には見ないようにしている。ただ、今回に関しては対象が男性ということもあって穏健的な意見が最初に来ていて、少しチラチラ見てしまった。

で、あったのが「国立大学を出ている優秀な人材が月収12万円なんて酷い」というような意見が散見された。

ていうか、知らないのかよ。
図書館司書って非正規でも高学歴で優秀な人が多いぞ。もちろんパートのおばちゃんもいる。

私の前職は貴重な正社員採用の司書だったから、周りは国立大学や早慶上智出身ばっかりだった。あと、March。私がどれだけ学歴コンプレックスに陥っていたか。飲み会で人事が周りの子達に『今まで頑張ってきたな』、『ずっと勝ち組だな』と言って学歴を誉めている横で、何も言われなかった私の気持ちがわかるか。…どうでもよいけどさ。

本当に優秀ですよ。前職の同僚や後輩たちや上司も。上司は大企業から転職してきていましたからね。それだけ公共施設の経営に魅力があるのか。

この業界のヤバいところは、有名大学出ていても、新卒で入ってきて、居続けたらワーキングプアになっちゃうっていう報われなさですよ。
やりがいで飯が食える訓練された人たちが業界を支えている。もはや宗教か何かなのか。

www.seikyusha.co.jp


この『29歳で図書館長になって』の著作者ですら、委託会社の社員で正規公務員の司書じゃない。この方は早稲田→慶應院ですよ。

個人的に国立大出の女性の就職はあんまり良くないのかと思ってしまう。前職に有名国立大の文学部出身の人がたくさんいた。

そもそもこの業界で一番派閥があるのは筑波大学図書館情報学群(旧図書館情報大学)だ。

はてなブログで正規公務員の司書になるにはプロ野球選手になるより難しい(採用枠がない)といった記事も見た。もういつかは正規司書にっていうこと自体が罠みたいなものなんだよ。

行政事務に方向転換することも検討してみたらどうだろう。それくらいしか検討がつかない。

インターネットの図書館員 ~官製ワーキングプアを見る~

がんばれ! 公共図書館員!


またもや官製ワーキングプアの記事を見つけてしまった。彼は典型的な図書館員だと言える。

toyokeizai.net

こういった記事はだいたい恨み辛みが書かれていることが多いけれど、これには希望みたいなのが見えた。この人は本当に司書が天職なんだろうな。私もそうだった。

記者の曖昧な記憶から以下の言葉の出典を探す流れが良かった。

自治体はまず最初に図書館をつくるくらいの気概を持たなければなりません。~中略~まず図書館を立派にしなければ街という感じがしませんね。それと、その市における最高の官吏に司書をやっていただけるといい」

――司馬遼太郎

一方で、この記事のベテラン司書には悪いけど、レファレンスが売りだけじゃ生き残れないと私は思うんだよね。なぜならレファレンスには強力な競合相手がいる。それはGoogle検索。インターネットのベテラン司書だ。
曖昧な記憶から探す、専門的な調べものに関してはリアル司書のが強いと思うけどね。
そもそもレファレンスって言葉が良くないよね。普通の人、知らないじゃん。

人と人との絆とは

『○○図書館は本と人、人と人との出会いの場。地域の…。』

3年前に毎日のように唱和していたスローガンを忘れてしまった。本と人、人と人との出会いの場、つながる図書館。地域の皆様の。そんな単語だけが走馬灯のように駆け巡ってくる。図書館は私の『居場所』だった。

―――。

先日、某ブロガー主催の本イベントに参加した時に、参加者が「本はコミュニケーションツールだ!」だとか「時を超えて作者と対話できる!」だとか語るのを聞いて、そっくりそのまま上司が同じことを言っていたのを思い出していた。
辿り着く結論はだいたい似たような場所に落ち着くんだろうな。

公共図書館の向かう先は貸出・返却だとか数字を追う単純なモノでなくて、地域の拠点であったり、コミュニケーションの場であったり、誰かや何かの居場所だったり、商談の場所であったり。そういう人と人、本と人の出会いの場が主流になっていくと思う。実際うちはそれを目指していた。街の本屋さんが減る一方でブックカフェはよく見かけるようになった。本屋という存在もこうしたリアルの追及に変化していっているように思える。

その本のイベントでは、図書館については言及されることがなかったのが残念ではある。Amazonでプレミア価格になっている本(10万円超え)等も国会図書館にいけば無料で読むことができる。読んでみて手元に置きたいならば買えばいい。
図書館においても、「買う」と「借りる」、「本」と「電子書籍」、「読む」と「聞く(オーディオブック)」、全部自分で好きな媒体を選べれば良いのにと、よく上司が言っていた。出版と本屋と図書館が手を取り合ってやっていくには、こうした選択肢を増やして共存していくことが必要なんだろう。

図書館談義はさておき。
やっぱり人と人とのつながりって大事だった。私は昔から人嫌いで今でも一人の時間がないと駄目な人間だ。けれど、誰かや何かの、自分と違う価値観や意見ってやっぱり必要なんだと思う。一つの価値観だけで生きるのは狭すぎる。自分に広がりが全くなくなる。

何でこんなこといきなり言い出したかというと、この間、連携事業で民間企業に出向くことがあったからだ。久しぶりにお客様の前に立って、接客をした。その時、私はやっぱりこの世界が好きだと、思ったのだ。コミュ障で陰キャの癖に、人嫌いなのに、やっぱり接客は好きだった。帰り際に上司から「もっと外に出てみることだね」と、言われた。その上司は異業種と交流が多く、営業マンのような明るさがあった。人を知っている人は懐が深い。


『○○図書館は本と人、人と人との出会いの場。』

図書館は、公共の場というのは、究極的な接客業だと思っている。
私は毎日のように自転車で地域を回っていた。

図書館員は外に出ろ!
図書館員はエプロンを外せ!
図書館員は接客業だ!
図書館員は本を通して地域と人とをつなぐファシリテータ!

私の前職はこのような価値観の会社だった。直営公務員にはこんな発想はできないと思う。

公共図書館の行き着く先をこれからも見守りたい。

香港の公共図書館

香港中央図書館なるものを見つけた。

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出典: 「ことりっぷ 香港」ことりっぷ編集部 昭文社

宿泊場所がコーズウェイベイなので最寄り駅から近い。

よし、香港中央図書館に真っ先に行くと決めた。
あちらにも司書はいるのだろうか?

いわゆる日本で言う港区OL、丸の内OL的な存在が香港の中心地セントラルで働く「セントラルOL」という存在らしい。中国企業ファーウェイの日本法人が新卒初任給40万円で募集したことが話題になっていたけれど、セントラルOLはエリート女性的な存在なのだろうか?

というか英語も喋れないのにいろいろまずいな。学生時代、第二言語は中国語を選択していたが、どうやら香港は広東語らしい。

とりあえず1月に通信の英語の試験も控えているからまた改めて英語を勉強したい!!

ついに香港行きの切符を買った

今の人生には疑問しかない。

価値観の合わない同僚と肩を並べて、嫌いな仕事をし、休日出勤もこなし、何も感情もなく、ただただロボットのような毎日が過ぎていく。
これが女性活躍社会の現実なのか。輝く女性はどこにいる?
このまま20代も終わるのか………………。。。

クソゲーすぎる、どうなってんだ?
やけくそになって、気がついたら香港行きの航空券をとっていた。しかも、クリスマスに。
さよなら日本、さよならメリークリスマス。


ーー事は数日前に遡る。

たまたまログインしたFacebookで中高時代の友人が結婚したことを知った。これでも私との付き合いは15年以上になる。昔はよく遊んだものだが、あちらは派遣やバイトでしか働いた経験がなく、男遊びが激しい性格(依存性)だったため、次第に価値観が合わなくなってきた。近頃は仕事を辞めてニートだったはず。今年の頭には一緒に旅行に行ったが、あまりにもマイペース過ぎる相手に苛立つようになってしまい、それ以来疎遠になっていた。

そんな彼女が見ず知らずの旦那(仮)と結婚指輪をはめて写っている投稿を見てしまったのだ。
心底落胆した。
ケンカ別れした友人がいつの間にか人妻に転職していた。

同じく中高時代からの親友に問いかけると、こちらは10月から知っていたという。自分から話すから内緒にしてくれと、口止めされたそうだ。

Fuzakeruna. だれだよだんな。

私はFacebook上で知ったがな。たかだか写真一枚。所詮はその程度の関係だったということか。15年の歳月は人を変えるには十分過ぎる時間だった。

その時、私は中学生くらいの時に聞いた「女の子と一番仲良くなれるのは誰だと思う?」というアニメの台詞を思い出していた。
確か『王ドロボウJING』という作品で、テレビを付けたらそれがやっていたから流しておいた。上記はヒロインらしき美少女が主人公にかける台詞である。その後に続くのは、「男の子だよ」という言葉だった。その時もたぶん落胆した。
ちなみにそのシーンは強烈な印象に残っているのだが、他は特に面白くなかったからチャンネルは変えたと思う。この回のこの場面しか知らない。

中高大女子校。9割が女性の職場。ずっと女の友情に一喜一憂してきたのに、結局女と一番仲良くなれるのは男なのだ。

毎日毎日毎日毎日仕事仕事仕事仕事仕事勉強勉強遊び遊び真面目、真面目、くそ真面目に生きてきた。私は昔から優等生だった。

その優等生は社会においても優等生で生きられるわけではない。もっと不真面目になりたい。世の中にはナンパで逮捕される馬鹿野郎も存在しているというのに、ふざけとる。もう何もかも抜け出して移住したい。

また、世の人々は金がない状態を貧困と定義するかもしれない。それは違う。

①金銭 ②家族・友人 ③地域

この3つの縁が途絶えた時、真の意味で貧困になるのだ。金がなくても家族がいれば助けて貰えるかもしれない。家族友人がいなくても地域の絆が強ければ隣人や行政に頼れば生きていけるかもしれない。言わずもがな金があればサービスを買える。
逆に言えば金がなければ誰かを頼らざるを得ないし、金があっても孤独ということはあり得る。鈴木大介著「最貧困女子」の現場では、この3つの縁どれもが切れているケースが多かった。つまりは「最貧困」なのだ。

私は貧困を抜け出すことはできたのだろうか。

とりあえずクリスマスは香港へ。
月1ペースで旅をしている。

図書館の有料化について ~六本木ライブラリーを例に~

六本木ライブラリー

会員制図書館のことを思い出した。
当時『千代田図書館とは何か』と並行して読んでいたのが、『図書館はコミュニティ創出の「場」 会員制ライブラリーの挑戦』という本だった。

bensei.jp


会員制ライブラリーとは、六本木ライブラリーのことだ。月額9000円でいつでも使える図書館及びコワーキングスペースである。24時まで開館、併設のカフェあり、六本木ヒルズ49階の爽快な眺めと、スタバでせこせこ作業している人たちが好みそうな場所だなぁと思っていた。けど、この界隈で利用している人がいるのかは疑問に残る。カフェ代も馬鹿にならないよな。

図書館の無料の原則

普通は(公共)図書館=無料と考える。図書館法において「無料の原則」が定められているからだ。

図書館法 第十七条  公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない。

実は昔は図書館も金をとっていた時代があった。図書館の前身は「書籍館」と言われた。国会図書館のレファレンス共同データベースには明治10年には有料の書籍館が見られたとある。

crd.ndl.go.jp

図書館=無料。これが図書館経営の難易度をあげている。資料費などの自治体から金が出る部分は置いておいて(まぁ、ここも削減されている。)、イベントの運営において、資料のコピー代も材料費も原則無料という。すると、イベントをやっても赤字になってしまうのだ。民間であれば集客すればするほど金銭的な利益がでるかもしれない。図書館の集客の利益は、知名度やリピート率といった目に見えない信頼と貸出数・登録数・入館者数といった分かりやすい数字。あれだけ注目されたTSUTAYA図書館も赤字だった。

何を有料化するのか?

図書館の有料化は散々叫ばれてきたことであるが、有料になったら入り口が狭まれる、客を選ぶことになりかねない。誰もが利用できる公共の場というのは今よりは薄れる。というか、皆さん図書館が入館料をとったら利用しますか? いくらまでなら利用しますか? そもそも既に税金を払っている市民全員が図書館を利用している訳ではないのだ。

この図書館の無料の原則を聞いた上司が言ったことは、「図書館も金とってんだろ」ということだった。それは、「コピー機、1枚10円」

た、確かに。紙の対価=コピー代であれば、材料費として料金をとってもいいのではないか。そういう発想である。それ以降、うちはコピー代をとっていた。説明したら参加者も理解してくれた。

通常の公務員ではそういう発想はできない。何故なら法律、条例、要綱、規則に書いてあることが絶対であるからだ。書いてなければ改正しなくてはならない。この世界が合わないのはこれも一つの理由にある。「根拠がないから無理」で思考は停止する。

こんなことに時間をかける必要はあるのか?
そこから新たな図書館の活用や経営方法なんて生まれない。だから、指定管理制度自体は悪くない。問題はその安ければ安いほど良いという人件費削減の流れだ。
直営よりも成果を出している、スキルや経験者の多い、労働時間も長い指定管理が、直営公務員よりも給料や待遇が安いということだ。それはおかしいのでないか?

しかし、この流れは変えられない。変えるためには館自体が収益できるような仕組みが必要だと思う。
そういう意味でスターバックスを併設して稼ぐTSUTAYA図書館、民間主体で動く会員制図書館六本木ライブラリーの経営は理解できるのだ。

【追記】
NPO等の公共経営の資金獲得の難しさにも同様のことが言える。今の若者はクラウドファンディングAmazon欲しいものリスト等、共感した相手にはむしろ資金提供する傾向にある。文京区のガバメントクラウドファンディング(母子家庭支援)の成功にヒントがある。