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白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

働き方を選べる・認め合うのが理想

toyokeizai.net

この記事を読んで日本人の働き方について思ったことを少々。


今年は労働問題がいろいろ焦点になりました。過労死問題、ブラック企業問題など。上の記事でも日本人の働きすぎ問題が挙げられています。インターネットを見ていても、こんな労働環境は嫌だ!と、あえて雇われない生き方など、多様な働き方を目指す人がけっこう目立ってきていますよね。特に若者世代のそういった開拓精神は見ていて頼もしいものであります。ただ、一部の人が固定観念みたいなものを作るからか、どうしても「会社員vsフリーランスといった煽りの構造が出てきてしまうのは悲しい話なんですけどね。

私から言わせてみれば、その人があった働き方をすれば良いと思うんですよ。時間に余裕が欲しいからあえてフリーター、組織に属したくないから、自力で稼ぎたいからフリーランス、育児の合間に働きたいからパート、生涯働きたいから正社員、公務員のように働き方が自由に選べる社会、それを互いに認め合う(というか非難しない)社会が理想的だと思うんですよ。あくまで「理想」なんですけどね。

上の記事のコメント欄を見ていても「日本人の働き方は異常」と潜在的に思っている日本人は多いと言っていいでしょう。しかし、現場レベルではなかなか変わらない。
政府も働き方改革なんてやっていますけど、やはり何十年、何百年と染み付いた体質を変えていくのは難しいでしょう。何十年かかるかわかりません。少しずつでも改善していかなくてはならない。精神論で変わるようなもんじゃないですからね。


ここで目につくコメントがフリーランスだと言う人の意見。

端的に言えば「自分はフリーランスだけれど、日本の働き方に文句言う人が多いのに変わらないなんて何にも行動に移さないバカ」みたいな内容。
うーん。思考停止だなーと。

確かにね、現状に不満があって変えていかなくてはならないなら改善するべきだと思いますよ。また、望まないで長時間労働をしている人、過労死に至るような人、そういう人は救うべきですし、改革するべきですよ。けれども、守らなくてはならない物があって企業で稼がなくてはならない人、仕事が趣味でバリバリ働きたい人、多様な人がいるということも視野に入れる必要があると思うんですよね。

バリバリ働きたい人はバリバリやればいいし、適度に働きたい人は適度にやれば良いし、家庭と仕事を両立したい人は両立できるように改善する、そこに優劣をつける意味なんてないんじゃないですかね。フリーランスでやりたい人はフリーでやりゃ良いんですよ。何でもメリットデメリットがあるんだから、自分にあったものを選べばいいでしょ、と。
私なんかは雇われて良かったと思っている口ですし、とりあえず三年以上やって結果も出せたし、やりたいことも見つかり、社会人としての力もついて、文句はあっても、良いこともあったんですよ。そういう人もいるんですよ

そもそもね、変えましょう、そうしましょう、で簡単に行くようなもんじゃない。極端な話をすれば、戦争はなぜなくならないか。戦争で利益を持つ人は置いといて、大抵の人は戦争は悪だと思っているはず。けれどもなくならない。そこには何十年、何百年におよぶその国の宗教や文化の対立があったりするわけで、世界平和を目指しましょう~でお手手つないでハッピーエンドなんてなかなかいかないでしょう。変えるには根気と長い年月が必要なんですよ。
働き方改革を戦争と同列に話すのはどうかと思いますよ。それでも根付いた物を変えるってことはそんな簡単な話ではなくて、もちろん改善していかなくてはならないけれど、一言二言で片付けられる問題ではないと思うんですよ。

割りを食っている人や消耗している人は救うべき。ただ、そこに優劣をつけて働き方の形態に対立構造を持たせることはしたくないと私は思ってならないんです。

尻神様に呪われているとしか思えない

毎日10時間にも及ぶ勉強生活を続けている今日この頃。公務員本試験まであと3ヶ月を切った。ラストスパートを駆け抜ける超直前期!そんな大事なときにも関わらず、私は今下半身に違和感を覚えている。そう下半身に。というかお尻に。お尻が痛い。原因不明の痛みに日夜うなされている!!
恐らくこれが有名な「○にーは ボラ○ノ○ル♪」な尻にできる悪魔なのかもしれなくて酷く動揺している。私まだ20代後半の乙女なのに何でこんな人には言えないような事態に遭遇しなくてはいけないのか!ちょっと誰にも相談できない。グーグル先生にしか相談できない……。
とりあえず前述の薬をネットで注文してみたのだけれど本当に効くのだろうか。明日も勉強しなくてはいけないのにこんなお尻の痛みという壁にぶつかるとはー。調べてみたら長時間のデスクワークしている人は要注意らしい。世の事務員の方々を尊敬せずにはいられない。あの人もあの人も爽やかな顔して影ではボラ○ノー○塗ってヒーヒー言っているのかと思うと本当にご苦労様です。とにかく早くこの痛みから解放されることを強く望む。去年の夏頃も大事な面接前に尾てい骨を骨折していたし、私は尻神様に呪われているとしか思えない!本当に尻運上がって欲しいわ。もう動揺して今日も眠れません!早く届いてボラギノール

今時の男は女に財力を求める

最近、何の因果があってか彼氏らしき者ができてしまった。彼氏らしき者というのは、正式に付き合おうと言い合ったわけではないのに、二人だけで遊びに行ったり、将来について語り合ったりする謎の関係のことである。私のように恋愛経験のない人間からしたら、「えっ、これ付き合ってんですかー?デートなんですかー?」と、正直どういう状態なのか理解できないし、男友達もいたことがないので、どこまでやったら友達を超えるのか教えて欲しいぐらいだ。相手も私の「こういう所が好き、子供が欲しい、ちゃんとしたい、落ち着きたい」と、意味深な恋愛相談を投げ掛けてくる。何なんだろうこの宙ぶらりんな状態は。友達以上恋人未満ってこのことなのだろうか。最近の若い男の考えていることがまるで理解できない。

「付き合いたいなら付き合いたいって言えよ、はっきりしろよと。何がしたいんだ君は」

と、心の中で相手に念を送ってしまうそんな関係である。

何だかんだ一緒にいて気付いたことが一つある。それは、最近の若い男は『女に財力を求める』ということ。家事は自分がやっても良いから働いている人が良い。自立している人が良い。なにより私の実家が金持ちで、おまけに公務員目指しているところも良い、と言われた。ビックリするが、30近い男の発言である。確かに相手は男の事務員なので、所得は高くはない。むしろ少ない方だろう。将来が不安になるのはわかる。けれども、働き盛りの男性なのに……という愚痴は男性差別になるのだろうか。ただ、彼は正規職員だからまだ恵まれている方だと思う。いまや働き盛りでも非正規雇用ワーキングプアであるのは珍しくない。男性が家計を支えて女性は家を守るという図式は崩壊した。お金がなければ結婚も出産も難しい。独身男女の増加、少子高齢化に拍車がかかる。論文のテーマで散々やってきた社会問題を身近で目にした感覚だ。それにしたって「実家が金持ちなところが好き」って酷いんじゃないでしょうかね。そもそも私自身は金持ってないのに。「今は無職、夢はバリバリのキャリアウーマンです」ってそういうのでもプラスにカウントされるのだろうか。謎すぎる。婚カツだ、婚カツだ、言われているけれど、今は女性にも財力が求められる時代、女の生き方や立場も大分変わってきたのだなぁ。

引きこもりは何かのきっかけやタイミングがなければ這い出せない

大人の引きこもりが平均22年に及ぶという記事をインターネットで見た。※現在は削除されている。
22年!なんとも気の長い歳月であろう。生まれたばかりの赤ん坊も社会人になってしまう。どうしてそんな時間を引きこもってしまうのだろうか。誰も助けてやれなかったのだろうか。元「引きこもり」としては、黙っていられなくなった。

そもそも引きこもりとは何なのか。

厚生労働省の定義を抜粋すると、

「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」を「ひきこもり」と呼んでいます。
「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではなく、様々な要因が背景になって生じます。ひきこもりのいる世帯数は、約32万世帯とされています。

だそうだ。仕事もせず、学校にも行かず、家族はおろか誰とも交流をしないが、予備校に行って勉強をしている自分は、引きこもりに大手がかかっているようで驚いた!
それはともかく、前述の22年以上も外的な交流がなく、家に引きこもっている人間がいるという事実はやはり衝撃である。病気や何かしらの理由があるには間違いない。引きこもるきっかけみたいなものがあって、そこから這い出せないまま来てしまった人もいるのだろう。

私が思うに一度引きこもりになってしまったら、何かのきっかけやタイミングがなければ、本当にそのまま現状維持になってしまうことが多いと思う。私が全う?な人間に戻れたのは就職というタイミングであったし、逆に就職を失敗した同級生は3年引きこもってしまった。その後、彼女は新卒時代に「絶対にやりたくない」と言っていた介護の仕事で社会復帰した。あまりその辺りのアレコレは聞いていないが、祖父の介護が今の仕事につくきっかけになったという。何かしらの変化がなければ、今の結果はない。

もし、現在の私が引きこもり時代の私に会いに行けるとしたら、無理やりにでも外の世界に連れ出すし、運動もさせるし、新しい興味を引き出すきっかけを作ってあげる。若い内にやれた楽しいこともたくさんあっただろうに。当時はそんなものは知らなかったし、自分の部屋が世界の中心だった。結局、狭い世界ではその先はないのである。誰かや何かが引っ張ってくれたらどんなに良かっただろう。

これを見ている人の中で、身内に引きこもりがいるという人がいるとしたら、そっとしておくより、変化のきっかけを与えてあげた方が良いと思う。今は自治体がサポートステーションで支援を行っていたり、NPOによる自立支援活動もある。同じような悩みを抱えている人はたくさんいる。そのままいつか這い出してくれるという思い込みは、当事者自身も後々苦しめるのではないか。何もないまま時が過ぎた時に、その現実に絶望して苦しいのは当事者自身だ。時が経てば経つほど動けなくなってしまう。
引きこもり本人も困っているなら誰かに助けを求めて良い。自分一人ではどうにもならないことがこの世にはたくさんある。助けを求めるのは早ければ早いほど良い。先延ばしにしていると負の領域はどんどん大きくなっていってしまう。たとえば、仕事のミスは隠したくなってしまうけれど、早いうちに上司に報告した方が結果として良い方向に取り返すことができる。だから、誰かや何かを頼ることは別に悪いことじゃない。私自身が社会復帰してわかったことは、人との繋がりや人からの影響というのがどれだけ大切なものかということだ。 時として誰かや何かに助けを求めることは必要。変化をくれる人も大切。もし引きこもりで困っている人がいるのなら自治体でも親でも知人でも何でも良いからまずは小さな変化を探して欲しい。

全受験生に告ぐ!教養論文には早めに手をつけろ!

今年の公務員試験も直前期になりましたね。大手予備校も模試のシーズンになりました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。私がこの時期になって思うのは、まぁタイトル通りです。

論文試験は早めに手をつけておいた方が良いよ。

普通の受験生なら専門択一や数的処理に時間をかけますよね。私もそうでした。けれど、特別区のような論文の配点が高い所だと、択一で良い点を取っても論文で落ちるというとんでもないことが起きるそうです。だから、論文も早いとこ対策しておいた方が良いです。

私の通っている予備校では、論文の添削を無制限でやってくれるので、随時出しています。書くことに少し自信があっても普通に赤で返ってきますね。可能であれば添削してもらうことをオススメします。

論文の評価はA~Eまであり、最高の評価Aは特に優秀な論文で、全体の5%。E判定は落ちる論文。私は、最高でB判定をとったことがあります。良くまとまっていると誉められたので、結構その時は浮かれてしまったんですよね。で、今日返ってきた論文を見るとD判定とC-(ほぼD判定)でした。

うん、ものすごいショック!!

一番ショックなのは、文体について駄目出しをされたこと。「文と文との繋がりがわかりにくい、接続詞を適切に使いましょうと!」
自分でも文章を繋ぐことが下手くそなのは、もう何十年も悩んでいることですし、前の会社でも書いたコラムを所長から「前後の繋がりがなくてスラスラ読めない」と、何度も何度もやり直しして、結局駄目で、巻頭から降ろされるということもありました。またここに来て「理路整然とした文章」の難しさにぶち当たっているわけですよ。本当にね、好きなようにツラツラ書けるブログって最高なんですよ。起承転結、論理的、読みやすく、わかりやすく、具体的に、自分の考えを述べなさい。う~ん、難しい!採点する人によっても評価の誤差もあるわけですから、万人受けするような機械的で綺麗な文章がウケるんでしょうね。そういう訳で、これは宣戦布告と読み取って今月もほどほどに論文の練習をしようと思います。

皆さんも論文対策は早めに手をつけた方が良いですよ。かといって私のように評価に一喜一憂はしないように!

好きなことを仕事にするということ

去年の今頃は、年度末に行われる業務評価の準備のため、忙しい毎日を送っていた。あれから1年、現場からも社会からも離れてしまって、なんとなく寂しい気持ちが溢れてくる。風の噂で私が辞めてから、少なくとも5人以上は離職者が出ているようだ。館長はついに入院してしまったらしい。みんな消耗しているなぁ。

ふと気になって施設の広報誌をネットで検索してみた。私が編集担当をしていた時と違って内容もレイアウトもガラッと変わっていた。中でも吃驚したのは、職員の顔写真つきの記事。「顔出しまで始めたの!?」と思った矢先、その隣には職員の名前と「司書」という肩書き。「司書」、司書かぁ~、素晴らしい響きだな~。きっと皆この瞬間のために生きているんだろうな~。
でも、「あなた年収200万ちょっとでしょ、休みもなければ、ボーナスもない。いつまで図書館もどぎを続けるつもりなの?」
と、心の中で黒いものが出てきて、たいして読まずにブラウザをそっと閉じることになった。

私が勤めていたのは民間委託の公共施設。いわゆる武雄市TSUTAYA図書館問題などで話題になった「指定管理者」だ。東京都内、特に「特別区」と言われる区役所関連施設のほとんどが競売に出されている。区内の図書館、公民館、児童館、美術館、博物館、そういった箱物で働く人々は、程度の差はあれど、年収200万代のワーキングプアに陥っている。俗にいう非正規公務員たちである。その労働環境は過酷だ。公務員ができないことを民間人にやってもらうという名目上、「安く」、「効率的に」、「最大限の成果」を求められる。はっきり言って待遇は飲食店やコンビニのバイトと変わらないんじゃないかと思ってしまう。しかし、公共の文化施設というだけあって、すべてを捨ててまで働きたいんだ!という人が後をたたない。良い大学、輝かしい経歴を持った人々でもやってきてしまうのだ。だから、委託側もとんでもない低待遇の求人を平気で出す。中には修士号や語学力といった専門スキルまで要求するものまである。そんな足元をみた求人にもやりたいやりたいと労働者は殺到し、泣いて喜んでサービス残業をするのだ。すべては司書という肩書きと図書館勤務という知的生産界への憧れのため、なのかと思っちゃうね、私は。結局、ブランドバックに群がる頭空っぽの渋谷のギャルと同じなのではないか。先に付け加えて置くが、世のため人のために働く人たちも勿論いる。というか、そういうボランティア精神に溢れた人たちによって成り立っている業界だもの。好きなことを仕事にするということは、何かを犠牲にするということでもあるのかなと。好きでやっているならそれで良いのだろう。私は馬鹿馬鹿しくなってもう撤退したけれど、今となっては良い職場だったとも思う。

去年の今頃、バタバタして休みなく取り組んだ業務評価の準備。結果はどうなったかなと検索してみたら、区内、社内共に1位になっていた。悲願の達成を無職のまま自宅で知ることになるとは、なんとも言えない。それでも、私が4年間頑張ってきたことは無駄じゃなかったと思いたい。

「みんなおめでとう。よく頑張りました。この声は届くことはないでしょうが、私は今も元気です。」

2016年総括 20代、仕事を辞めたその先は……

今年はどうもお世話になりました。

ブログを開設してから8ヶ月が経過しました。記事数は36、何だかんだでまだ続いています。もともと私はSNSの類いが全く続かない性格で、仕事のために作ったFacebookTwitterも全部放置しています。現実世界の延長みたいなあの手のものは苦手です。ブログも初めてだったので続かないかと思っていました。どうやら匿名の世界は、少しばかり居心地が良かったようです。

私がブログを書く理由

ブログを書くきっかけとなったのは、同じく公務員浪人をしている人のブログを見たことです。そこに孤独な公務員浪人はブログで吐き出すと良いよ!」とあり、せっかくだしやってみるかと。いわば、このブログは、私と社会を繋ぐ唯一の接点とも言えるでしょう。もちろん現実世界での交流もありますけど、そこでの私は「公務員浪人の私」ではなく、「前職の先輩・同期としての私」、「同級生としての私」といったある意味真っ当な自分なわけです。無職サイコー」とか「あの野郎、今に見てろよ」とか心の中の黒いものは吐露できない状態。予備校と自宅の行き来の合間にポロっと書けるのが良い息抜きになりました。これからも人間の心の「黒いもの」と「白いもの」を混ぜこぜに吐き出していこうと思います。

アクセス数が月間1000を超えました(はてな解析)

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今年の総アクセス数は3000届かないくらいですね。今月に入ってから1000を超えるようになりました。私のような日陰ものでもアクセス頂いて大変嬉しいです。ブログで頑張っている人たちにはたいしたことない数字でも、私にとっては、初めての1000です。検索用語はやはり過敏性腸症候群関連が非常に多く、半分以上がこの記事のアクセスでした。

imyeden.hatenablog.com

過敏性腸症候群 後ろに彼氏」で検索されて来られた方、心中お察しします……。
彼氏さんに真実を伝えるのか、担任の先生に言って席を変えてもらうか、薬物療法を試してみるか、私が考えられる選択肢はそれくらいです。「治った」や「完治」というキーワードが多めなので、やはり求められているのはどうして治ったのかというところでしょう。私も仕事が決まったら突き詰めていきたいです。なぜこのような病気があるのか本当に理解に苦しみます。それでも、今苦しんでいられる方たちにもまた違った未来があることを私自身が証明していきたいです。

2016年まとめ

2016年は私にとって変化の年でした。22歳で新卒入社し、4年間勤めた会社を辞め、26歳で公務員浪人に乗り出すという。文字どおり人生をかけた新たな挑戦です。仕事を辞める前は会社との激しい攻防で、「辞めたら後悔するぞ」「こんなにお前を受け入れてくれる職場はないぞ」など不安にさせるような言葉を浴びされました。今となっては早く辞めなかったことを後悔しています。
確かにあの職場での経験は私の再起のきっかけにもなったし、退職を告げた時の後輩たちの涙、地域の方の驚きは辛いものがありました。しかし、いつまでも官製ワーキングプアを続けるのか、明日すら見えない現場でその日暮らしを続けるのか、毎月誰かが辞めていくのを何度も何度もお見送りしていくだけの存在になるのか、そう考えた時に私は前に進みたいと思い、会社を辞めたのです。当初は解放感や充実感と共に、喪失感や不安感いろいろな感情がありました。けれども、今年の秋頃から公務員試験に受かりだして、最終面接まで進むなかで、私でもやれるのだ、私を受け入れてくれる場所は他にもあるのだという未来への希望、かすかに見え始めるようになりました。

もし、仕事を辞めるか迷っている若者がいたとしたら、一度しかない人生、より良い生活やなりたい自分になるために、会社から飛び出したって良いんだよと言いたいです。私は、仕事を辞めて本当に良かったです。新しい世界が、広がりつつあります。

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