白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

貯金10万円でも私はホテルミラコスタに行く

ディズニーシー ホテルミラコスタ

一度は泊まってみたかった夢の国のホテルに行ってきました。

タイトル通り、現在私は手持ちも貯金も合わせて10万円しかありません。
派遣の契約も切れたので今月からまた無職です。

正規の仕事を辞めてからそろそろ2年。2回目の無職ライフ。
1回目の無職時は焦燥感が強く鬱状態だったけれど、2回目の今は何も感じなくなったというか「ま、そういうこともあるよな」と「let it go」状態。

後先考えずにディズニー1泊2日の旅へgo!
ルートはシー→ミラコスタ→ランドの順。予算は5~6万円あれば足りました。宿泊予約は二ヶ月前からでも取れました。

ここではミラコスタの優雅な内装をお楽しみください。


ホテルミラコスタ ロビー

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上に広い解放感あふれるロビー。併設のレストラン(オチェアーノ、シルクロードガーデン、ヴィッラヴェスタラウンジ)が左右にあります。エレベーター乗り場隣にお土産ショップもありました。

ホテルミラコスタ カピターノミッキートリプルルーム

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駐車場や入り口側の部屋なのであまり人気がないそうで。ベランダ付きの部屋以外は窓がたいして開きませんし、人気の部屋(ハーバービュー)ほど予約困難、料金が高くなります。
また、1月は閑散期のため非常にパーク内ガラガラです。部屋からショーを見なくてもパーク内で余裕で見られます。途中から行っても(場所によっては)前列で見られました。

ミラコスタに泊まれば併設レストランの朝食の早い時間帯に予約(プライオリーシーティング)ができます。今回はヴィッラヴェスタラウンジの朝食を予約。窓側席の一列目にご案内されました。窓からの景色はこんな感じ。海ではショーの練習中です。

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ディズニーホテルに宿泊すると、パーク内に開園15分前に入れる(アーリーエントリー)、2パークを行き来できるマジックパスポートを購入できる、買ったお土産を無料で何度でも部屋に送ることができる、一部のレストランの予約に優先枠がある、など特典があります。

特に閑散期のアーリーエントリー入り口はガラガラ。開園直後の様子です。両隣に一般のエントランスがあり、そちらは人が並んで待っています。

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1月の閑散期は1年で一番人が少ないとのこと。
人気アトラクションのピーク時間帯で60分待ちくらい。トイ・ストーリーのみは100分あったかな。
あとは5分から30分待ち。物によっては2分で乗れました。朝方ならビックサンダーもハニーハントも20分で乗れます。開園時間が短いのが難点ですが、すぐに乗れるので結局はあまり変わらないかな。10時~19時開園の場合は、夜の花火がないのでご注意を。

非常にストレスフリーな旅でした。

こういう体験ができるようになったのも全ては仕事を辞めたおかげで時間ができたから。辞めてからしばらくして思考力が復活し、やりたいことがたくさん生まれます。

まぁ所持金は全然なくなりました。なるようになると思っています。
「let it go」って日本語版では「ありのままで」と前向きに訳されていますが、実際は「もういいだろ」といった諦め、気にするなというニュアンスなんだそうです。

何故か私たちは人生のレールを外れるという言葉を使います。私もそうでした。
けれど、無職になるのは私が選択したことなので、これも私のレールですよ。人生の選択をした時点でそれが作ったレールだろう。というか最初からそんなものはなく、見えないレールという概念を自分で作り上げているだけなんですよ。

そういう訳で私はこれからも流れるように、どうとでもやろうと思っています。別に公務員辞めても良いと思っていますし、明日死んでも良いです。
ただ好きにやって、駄目ならそれで良い。そういう風に生きていきます。

だから私は貯金10万円でもホテルミラコスタに行く。

また一年が終わる、、、

こんばんは、綾長です。

とうとう一年が終わりますね。

今年は公務員試験の結果も出て次へのステップを踏めた年でした。後半から離婚や都落ちや鬱々真っ盛りなこともあったような気がしたけど、そんなことはとっくに忘れたぜ!

さて、このブログも来年の4月で開設から2年が経ちます。一体このブログはどうなるのか、私自身も全く予想がつきません。現実世界の配属先も、更なるその先もわかりません。わからないので、とにかく着の身着のまま、ふらふらしながらも自分の目指す方向に行きたいと思っています。その時に、もしまだこのブログがあったのならば、今暫しお付き合い頂ければ幸いです。

それはそうと、今日は仕事納めでした。会社の人から「休日の大手町の人のいなさは異常!」と聞き付けて、ならば年末の大手町を見ておこうと途中下車してきました。

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確かに人がいない!広い!
ビックリしたのは、飲食店もセブンイレブンもローソンも閉まっているということ。まさに無人の街……。ちなみに大手町一丁目に住む区民はかつて一人だったそうです。

http://suumo.jp/journal/2014/04/22/61457/
人口1人の町「大手町一丁目」に住んでいる人を探しに行ってみた

こんな無人なのに昼間人口となると85万人もの通勤・通学者が東京都千代田区に集まります。
休日のビジネス街散策は世紀末感があって意外と面白い。

来年はそんなちょっとした面白いことに気づける人になりたいなぁ。

コミュニケーション能力は磨けると思う

接客業歴5年の綾長です。

たかだか5年程度の経験で何を語るんだと言われそうですが、今日はタイトル通りコミュニケーション能力について書きなぐります。

就職活動をしていると必ず出てくるのが、コミュニケーションという目に見えない能力です。

私自身、就職活動の時は「そんなんあるのかなぁ」とずっと思っていました。例に漏れず、学生時代は目も当てられないくらいの「コミュ障」! 当然、民間の就職活動はダメダメでした。

そもそも昔の私は
・人の目を見て話すことを知らなかった⇒中学生の時に指摘され直した
・自分のことを他者に話さない、雑談力がなかった
・沈黙が怖くて、とりあえず喋ってみて失敗する
・余計なこと、的外れなことを言ってしまう
・対人恐怖症
などの課題がありました。

キャリアセンターや大学教授からも「ITや製造が向いている」とまで言われたコミュ障でした!

それが今や仕事上は対人にあまり苦手意識はありません。
公務員試験でも成績開示したところ国面接A評価、区は受験生1万3000人中席次100番程度の面接逆転合格、市の面接総倍率5倍を突破し合格する、など人柄を評価されるようになりました。まさかここまで評価されるとは思わなかった(コミュ障だと思っていた)ので、やはりコミュニケーション能力はゼロからでも磨けるんだと思っています。

【なぜコミュニケーション能力が向上したのか】
あえて対人サービス業を選んだ、嫌でも人と話す機会があった、というのがまずあります。私が勤めていた図書館は複合施設で、階によって全く違う業務の窓口もしなくてはならず、1日の来館者は1000人近くいました。だから、毎日何十~何百の人と会う訳です。訓練できるフィールドがあったんですね。

あと、一番は仕事のできる上司の存在です。
私の上司にはコミュ力の塊な人が複数いて、特に直属の上司であるAさんから学ぶことは多かったです。

Aさんは、「はんなり、銀座のママ」みたいな美人さんで、周囲からは「親父キラー」と言われている方でした。決して仕事はバリバリできる方ではないのですが、周囲との関わり方が上手いというか、協力的な味方を作ることに長けていました。きっとこれは属に言う「調整力」なんでしょう。「何であんなに世渡りが上手いのだろう?」と思った私は以後その上司を観察し、真似ることを始めます。

【コミュ強上司を真似したこと】
・聞き上手
⇒相手の話を最後まで聞く、聞いたことを自分の言葉で言い換えてくる。とにかく聞いてくれる。
・否定しない
⇒◯◯についてはわかった、と必ず肯定してくれる。間違っていることは教えてくれる。否定ではない。
・雰囲気がほわほわしている
⇒話しかけやすい雰囲気を作っている
・日頃から全員とコミュニケーションをとりつつ、引くところは引いている
⇒必ずしも仲良くしなくて良い、沈黙は悪くはない
・言い方を考えている
⇒言い方次第では同じことを伝えているのに、伝わらなかったり、相手を怒らせることがある。言い方は本当に重要

・何かを決めるときもアルバイト含めて全員と掛け合う(調整)
・面白いエピソードがある
・人を誉める

などなど。実際、全部が全部真似することはできません。これいいな、と思ったことを取り入れるようにしました。

この上司は、仕草も女らしいところがあって、頬に手を当てて驚く時があるんですね。雰囲気がまんまARIAアリシアさんが「あらあら~」と言う感じなんですけど。この動作がけっこう使えて、アニメみたいにやると痛いかもですが、何も言わなくても驚いてるなと伝わるんですよ。今この上司は焦ってるだ、と。あと、何か周囲が和むんですよね。私もいつからか真似するようになりました。他にも、目があったら、困ったら、にっと口角をあげてみたり。

人は他者に自分と同じ点があると好感を持つようです。動作を真似すると好感度が上がるなんてことを聞いたことがあります。勝手に移ってることもありますよね。

そういう訳で、私はこの上司の一部をコピー?することができました。上司を真似てから、ぐっと対人関係が楽になってきた感じがします。

他にも他者の良いところを真似ることは実践していて、他に新卒時代にウケていた「元気キャラ」がいます。(声を大きく、ハキハキ、元気な感じ)

公務員試験最初の頃は、この元気キャラで面接に望んだのですが、何故か落ち続けていました。逆にこの上司のような、「落ち着いたはんなりキャラ」に変えて面接に望んだところ、嘘のように評価されまくりました。恐らく既卒や社会人は、落ち着いて人柄が良い感じの方がウケるんじゃないかと。

【コミュ力向上は真似ることから始まる】
コミュニケーション能力に悩んだら、まず身近な上手い人を真似てみることが良いと思います。
それで、誰でも良いから話してみて実践してみる。

私はそれで根暗なコミュ障から、人並み以上に話せるようになりました。そういう意味では、ある程度は誰でも話せるようになると思います。

リカレント教育=学び直し社会の必要性

リカレント教育という言葉がある。

リカレント教育とは、一度社会に出た人間が学校に戻り、それを利用して教育を受け、より職業人としての専門性を高めることである。】

日本では高等教育卒業後に社会に出れば、それ以降ずっと働きっぱなしという一本線の職業人生が多い。終身雇用の時代はそれでも良かったけれど、変化の激しい社会の中では対応できないことも増えてきている。その時にもう一度学び直す、今一度人生を振り替える、立て直す必要性がでてくる。

身近なところでは、求職者にたいして職業訓練給付制度などがある。失業者で一定の条件を満たせば国から失業保険が出るが、更に職業訓練校に入校すれば失業保険の期間が伸びたり、資格を取ったら給付金が貰えたり、就職を斡旋されたり、いろいろ学び直しの機会がある。

他にも大学院に進学する、留学する、通信制大学、資格予備校などなど学ぶ場というのは複数ある。

しかし、現実は一本線のままが多いように感じる。そもそも職場を離れた人間は、理由はどうあれブランク扱いされている。整って綺麗な履歴書が好まれる、真っ白な新卒が欲しい、そういうのばかり。
その証拠に、24歳以上で大学に入学してくる者の同世代の人たちに占める割合は、OECD平均では21%に達しているのに対して日本ではなんと2%しかない。大学教育の価値が下がっているのもあるが、学ぶ直す時間をとることが現状難しい。

人生において何が起こるかわからないように、何をしてどう生きるかなんてものは、年を取るに連れて変わっていくものだと思う。逆にようやく進む道が固まってきたり。

人生100年と言われている時代。たかだか10代で先を決めろは無理があるんじゃなかろうか。たとえ一直線で行っても必ずしも成功するわけでもないし。夢破れてさぁ新たなスタートだとなった時に「選択肢がありません」だったら誰も挑戦しないだろう。若者は安定志向だというけれど、そういう土台が作られてないのだから仕方がない。

今はどんな企業でも先行きはわからないし、公務員も厳しい財政状況にどんどん待遇は悪くなっていく。副業や転職が難しい分、公務員になるリスクはつきまとう。

どんな状況でも、やはり学び直して変化に対応していく必要はある。柔軟性のある生き方を認めて欲しい。



そんなこんなで、私もまた学び直したいことがある。それは「人の心」についてである。日本社会には、過労死や精神障害から、多様な価値観の中で苦しむ人、既存の枠にはまれない人が大量にいる。これからもどんどん増えていくだろう。大メンタル時代がくる、既にきていると思う。
そうした時に自身のメンタルコントロールはもちろん、他者もまた立て直すことの重要性が出てくる。心理はこれから絶対に必要になる。

そこで、役所の中で実際に業務に携わりながら、その専門性も高めたいと思っている。今は通信制大学で心理学を学んでいるが、より実践的なカウンセリングを学びたいと思うようになった。今はとある国立大学の社会人対象、夜間大学院を目処にいれている。その大学はかつて私が第一志望であった大学でもある。たまたまであるが、何らかの縁を感じてしまった。 これは、私のリベンジでもあるし、単純な学び直しでもある。

一方で、もう一度夢を追うことも考えている。

どちらにしても学び続けることになる。今の悩みはどの選択肢に力を入れるのか。
自由な分、迷いや後悔はつきまとう。

ボランティアという形なら複数のコミュニティに属することはできる。
「何を本業にするのか、どう生きたいのか。」
考えながらも年齢制限というタイムリミットは刻々と近づいている。

出生数の低下は子育てし辛い社会だから【メモ】

17年の出生数2年連続100万人割れ自然減40万人超え
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO24959800S7A221C1000000

出生数が過去最小を記録。(死亡者は戦後最多)
原因は、晩婚化、非婚化はもちろん、結婚しても子供を持たない夫婦、二人目以降を産まない夫婦も多いから。

では、何故子供を持たないのか。
子供の教育にかかる費用が多い、若者の所得が低いことがよく語られる原因。

一方でこんな調査も。

日本女性が「将来子どもが欲しいと思わない理由」上位に納得。子育て環境の劣悪な先進国で子どもは増えない
http://wezz-y.com/archives/50147?read=more

日本の女性の「将来、子どもが欲しいと思わない理由」上位7位は、次の通り。
・子育てをする自信がないから(日本51.4%)
・子育てが大変そうに見えるから(日本44.6%)
・子どもを持つことに関心を持っていないから(日本40.5%)
・子どもが好きではないから(日本37.8%)
・子育てにはお金がかかるから(日本35.1%)
・体力に自信がないから(日本24.3%)
・現状のライフスタイルに満足しているから(日本23%)

※自信がない、大変、関心がない、好きではないという消極的な理由。
⇒子育ての苦しい面が全面に出ている。そのため、興味関心が持てない。

【どう生きるかを自分で決められない日本社会】
⇒女の人は結婚・出産するものといった人生のロールモデル化による同圧力がある。

女性をクリスマスケーキに例えるといった上から目線、モノ扱い。それについては、以下の方の考えにとても共感する。

日本を代表する美術家・篠田桃紅氏(104歳)曰く
「(既婚者の)周りの友人を見ても、良いとも悪いとも思うので、人間は何が1番いいのかいまだに分からない」
「日本では独身の女性がかわいそうだと思われるが、とんでもないわよね」
「日本の男の人は(女性を)幸福にする力があると思っている」

また、文化人類学では、婚姻は女性等の交換と考えられた。(マルセル・モース『贈与論』、レヴィ=ストロース『親族の基本構造』)
女性を交換することで家族制度を維持する。
ここから、女性を「貰う」、「売る」といった価値観が生まれたのでは?

しかし、現代では若者の思考も「自分の自由に生きた方が良い」という方向へ変わってきている。少しずつ自由な価値観の選択は増えている。
⇒出産の価値が従来より薄れてきた。

【子育てしやすい国ではない】
ハード面
※待機児童、長時間労働、出産退職(企業の雇用問題)、再就職困難(能力向上支援、就職斡旋の必要性)、ベビーシッター制度が浸透していない
⇒行政の力が必要

ソフト面
ワンオペ育児、子供の声がうるさいと訴訟、保育園建設反対、ベビーカーに冷たい
⇒ある意味みな余裕のない人が多い、他者の子供に興味がない

なぜ?海外ママが「日本の子育ては海外より10倍辛い」と語る理由
http://ironna.jp/article/641
⇒社会全体で子供を育てるという感覚が薄い。他人の子供には手を出せない。

子育てし辛い社会=子供を作らない=出生数最低になった。



※そもそも出産可能な女性の母数も少ないのでは?第三次ベビーブームが起きなかった訳だから、出生数の山はどんどん小さくなっていく。母数が少なければ出生数も少ない=最低になる。いろいろな構造的な問題がありそうだ。

死刑執行ニュースと人生のレールと私のこれから

死刑執行のニュースが目に入った。
受刑者は当時19歳の元少年、刑執行時は44歳。事件は「市川一家4人殺害事件」である。少年犯罪であること、4人殺害という残虐性から、一体どんな事件であったのか知りたくなった。内容については以下が詳しい。

http://yabusaka.moo.jp/ichikawa.htm
市川・一家4人殺害事件

事件の残虐性や事件内容といった倫理面に関わることは特に触れるつもりはない。
しかし、少年犯罪、若者の犯罪には、だいたい育った家庭環境に影響があることが多いように見える。この事件を例に取っても、元少年は父親の暴力や家族からの愛の欠如など(機能不全家族)の影響があったと受けとれる。父親の暴力を見て育ち、自身もまた暴力によって物事を解決してきた場合、力による支配について絶対的な信頼をおいてしまうだろう。

同じような例を挙げると、私の場合は「学びの力」で物事を解決してきた、成功してきた傾向があり、無意識的に行動はそういった物を選び取ることが多い。たとえば、学習塾でアルバイトをしていたこと、新卒で就職したのは社会教育施設、仕事を辞めてフリーランス…………ではなく、公務員試験である。公務員になってからは、通信制大学に通い、資格修得に励む、という見るからに堅苦しい選択の連続。実物は柔らかくてアホな感じだと思われるが、行動の選択は「学び」に関連している。これは、私自身が幼少期~思春期に勉強で成功してきたこと、学ぶことで課題を解決してきたことが影響している。

そのように、人生の選択は、知らず知らずの内に今までの経験(特に幼い頃の経験)から選び取る傾向がある。マララさんが「ペンは剣より強し」と発言できるのは、教育の成果であり、剣や銃を取ることしか知らなければ暴力に訴えることが正義と思い込んでしまうだろう。

もし幼少期に親や身近な人から愛されなかったら、一番身近な人が暴力を振るっていたら、それを見て育った子供も真似をする、あるいは何かしらのトラウマを引きずることになる。
たとえば、精神障害の一つに解離性障害(多重人格)がある。この原因は幼少期の親からの虐待や性的な暴力、抑圧経験が関係していることが多いという。また、境界性パーソナリティー障害(ボーダーライン)の原因の一つが幼少期の親子の関係性が影響しているという。幼少期~思春期は、人格的な形成を行う大切な時期である。こういった時期にもし「普通」の家庭でなかったら、あるいは「普通」の暮らしができなかったら、何かしらを抱えていく原因になる。更に良い意味でも、悪い意味でも、今度の人生の選択に影響してくると考えられる。

昔(10年くらい前)読んだ心理学の本に、「人生は遺伝50%、環境50%で決まる」といった文言があった。上記のように人間は環境に影響を受ける、と私は思っているが、それだけではなく、持って生まれたものにも人は影響を受けることを忘れてはならない。その人の気質、容姿、得意なこと、苦手なこと、なりやすい病気等々、遺伝子には抗えない部分も大きい。「カエルの子はカエル」というのもあながち間違っていないのかもしれない。

話を戻そう。そういう全てを考慮して、犯罪者は最初から犯罪者というよりは、様々な経験や環境が人を犯罪者に変えていくといった方が正しいのではないのだろうか、と思ってしまう。確かに千葉県市川市の残虐な事件は、本当に嘆かわしいものである。しかし、それに見え隠れした何かがあるのではないか。

数年前に少年犯罪のルポ、鈴木大介氏著「家のない少年たち」等も読んだ。その時もそう思った。昨年、「若草プロジェクト」のシンポジウム「生きづらさを語る」に参加した時も、若い女性が犯罪に巻き込まれる(被害者、加害者共になる)ケースが非常に多いこと、そして少女たちの家庭環境の複雑さを知った。この法人の活動は行政と連携しており、23区内で事業として行っている区もある。

私も大なり小なり、そういう過去の生きづらさが人生の選択に影響していると思う。私ができることは、その苦しみたちを徹底的に調べあげ学ぶことである。私は目をそらさない。そして、それを生かし複数のセクターと連携し、行政として次に続く若者たちを導くことである。この少子高齢化の時代にあえて私は「若者支援」と声を出して言いたい。

死刑執行のニュースを見て、再度その気持ちが嵐のように、燃え上がるように、心の奥底から怒号のように、鳴り響いて止まないのである。


※追記
事件の詳細を見ていると本当に人生はいろいろであると感じる。
http://yabusaka.moo.jp/setagaya-gashi.htm
世田谷・2歳児餓死事件
どんなに優秀な方でも、対処がわからず一人で思い詰めてしまえば孤立してしまう。なぜ犯罪者になってしまうのか、自殺しなくてはならなかったのか。

「品行正しく、文武両道、良い成績をとり、良い大学に入って、良い就職をして、良い結婚をして、子供を産んで、円満な家庭を作り、仕事を頑張り、子供を立派に育て、老後は生き甲斐作りに勤しみ、健康寿命を伸ばし、社会参加を怠らず、孤独死なく家族に看取られ綺麗に終わる」
この世界には「普通」であることの呪いがたくさんある。こんなのは全くの嘘である。実際は綺麗事ではない、そして価値観も環境も置かれる立場も歩む人生もそれぞれ違う。だからこそ、この呪いを溶く必要がある。頭の硬い行政でも、こういうロールモデルが推奨され、我々の一部でもそういう風にすることが一番良いと思い込んでいる。
しかし、そうではない。全てはケースバイケースだ。ロールモデルが良いと思って実行する人もいれば、道を外れる人もいて、あえなく違う道を行く人もいる。私はどれも批判はできない。その需要を受け止め続けるのがこれからの私の「仕事」である。

予備校講師に言われて全く響かなかったこと5選

公務員試験や大学受験などにチャレンジするときに独学以外で頼る一つの方法が予備校ではないでしょうか。
私も公務員浪人時代は、某大手公務員予備校に通っていました。
予備校には所謂「名物講師」がいて、授業や面談などで我々に「ああだこうだ」言ってきます。それが的確であれば問題ありませんが、ムッとすることも少なからずあります。あの時は黙って聞いていたけれど、今だから反論する予備校講師の言葉を紹介します。

予備校講師に言われて全く響かなかった言葉5選

【後ろの席に座っている人はやる気がない】

これはどこでも聞きますね。講師としては自分の授業を真面目にしっかり聞いてほしいのでしょう。我々も前に座っている人=できる人と認識することは多いです。確かにやる気のある人は前に行く傾向にあるかもしれません。しかし、前に行けない人たちがいることも忘れてはなりません。
私は過敏症腸症候群のガス型の名残があり、後ろの席に人が座っていると恐怖で落ち着かなくなります。正直、席が決まっている試験を受けるのも心配でした。(問題なかったけれど)
また、世の中には、視線恐怖症、わき見恐怖症、集団恐怖症、対人恐怖症、パニック障害など、いろいろな症状を抱えた人たちがいます。
また、後ろの席が落ちつく人、角が集中できる人、席の決め方はいろいろです。その人の個性も考えず、後ろの席にいる=やる気がない、落ちると決めつける浅はかさよ。私は実際に一番後ろの席をキープしていましたが、上位合格しました。黒板が見えていない時もありましたけれど、きちんとやることはやっていましたから。前の席に座ったからといって受かる訳でもないです。やたら質問をしに行って、勉強をした気になっている人が全落ちしているパターンもよく聞きますね。

【受からない人もいるんだぞ(他の受験生のことも考えろ)】

何故、戦いの場で赤の他人のことも考えなくてはならないのか。講師としては、複数合格する人は恵まれているとでも言いたかったようです。もちろん全く受からない人もいますから、それはわかりますよ。しかし、他人は他人、自分は自分。だからなんだという話。
そもそも私を例に取れば、女子校いじめ問題、ガス型統失地獄時代、就職氷河期+留年経験、ブラック低賃金時代、とトリプルスコア以上の修羅場を乗り越えてきているので、「今の就職活動なんてバブル並みやん、うらやまけしからん」と冷めた目で見ています。それ相応の努力をしてきた、乗り越えてきたものが多いほど、全く心に響かないでしょう。

【君にはそこは無理、辞めといた方がいいよ】

私が予備校に入ったばかりの時、あるいは入る前の時に、事務員の方々から相当冷たい対応をされました。
「仕事辞めて公務員試験受けようと思っていて…………」と、言うと「えっ!?」みたいな態度を取られました。確かにその年の試験までほとんど時間もなかったことや年齢、性別、学歴の低さなどもあったかもしれません。仕事を辞めるリスクもありますから、何を考えているのだと思われた可能性もあります。
いやでも、「辞めといた方がいいよ」みたいな雰囲気はどうなのだろうか。
実際に「入っちゃったんだから~」とまで言われましたからね。「入っちゃったんだから」って何だよ。入ったわ。
あと、教養のみの試験で選んだ横浜市も、「そこは記述があるから~(辞めといた方がいい)」と言われました。それで一年目は横浜を受けなかったのですが、ここはほとんど筆記で落とさないと後から知り、そのまま受ければ良かったと後悔しています。
今考えてみても馬鹿にされすぎです。現実を見ることは大切ですが、見てくれだけで判断しないで欲しいです。

【(成績上がって)見直した】

本当に馬鹿にされていましたね。上記のような対応されてからの、これです。これは喜ぶところなのでしょうか?私は全く心に響きませんでした。

【◯◯な人は落ちるシリーズ】

予備校はいろいろな落ちるシリーズを作って、我々を疑心暗鬼にさせてきます。今まで聞いたことは、講義を出ないと落ちる、復習しないと落ちる、途中退出する人は落ちる、ゼミに出ないと落ちる、友人を作らない人は落ちる、◯◯校はやる気がない人が多いから落ちる、などなど。
「どんだけ落ちてんの…………」という感想です。確かに学生が多いので、指導も必要なのでしょう。しかし、講義に出たからといって受かる訳でもないですからね。別に独学でも受かるわけですから。「落ちる人、受かる人の特徴」というHRをしている講師もいましたので、ある意味カテゴライズすれば分かりやすいですね。正直、自分の通っていた◯◯校はやる気がないと言われた時は一緒にしないで欲しいと思いましたし、全く心に響きませんでした。

如何でしたでしょうか。他にもいろいろあったような気がしますし、もっと酷い全く響かない言葉を言われた人もいると思います。
しかし、こういう言葉にいちいち惑わされたり、言い返すことは時間の無駄なのです。
何を言われようが、放っておき、影で努力して最終的には結果で見返してください。何事もこの世界は結果が全てです。予備校は賢く使い、皆さんも結果で【下剋上】しましょう。