白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

公務員試験、次が最終面接

尾てい骨骨折中に受けた某自治体の集団面接とグループディスカッションが通っていました!
正直、周りのレベルが高いな~と感じて落ちたかと思っていただけに嬉しいです。
次が最終面接!ここまで来たからには最終合格したいですね。
落ちても本番は来年ですからまだまだ頑張れますよ。

さて、せっかくなのでこれから公務員試験の集団面接やグループディスカッションを受ける方向けに様子など残しておきます。何かの参考になれば幸いです。

【グループディスカッション】
集合場所に行ってみると2、30名くらいの人がいました。グループディスカッションの班分けなどが書かれている紙が配られ、軽い説明あり。その後、違う部屋に移動してディスカッション開始という流れでした。
グループディスカッションはチーム戦。全員で合格するつもりで挑みました。場所を移動する際に、少し自己紹介や軽い会話をして場馴れしとくのも良いですね。
ディスカッションは、司会を一人決めて、用意されたお題に対して自分の意見を出す基本な感じでした。
やっかいなのが、この司会。司会は難易度が高く、成功すれば配点が高く、失敗すれば司会だけ落ちることもあるそう。だから皆やりたがらず、決めるのにどうするか……な空気がまず流れましたね。
班に難関大学の院生がいたので、マジやってくれ~って一瞬思ったのですが、何故かその学生が私の方を見て
年功序列でどうでしょうか」
と、言ってきやがったのです!!
いや、確かに私が一番年上かもしれませんが、司会の押し付けというか何というか……。
決まらないのも困るので
「では、私がやらせて頂きます」
と、司会を買ってでましたよ。グループディスカッション初めてで司会でした。

流れは以下の通り。
①複数あるお題から一つ決める
②お題の意見を一人ずつ言う
③討論
④まとめの意見を一人ずつ言う
でした。とにかく時間が少ないです。
討論部分は、周りの意見に同調しながら自分の意見を付け加える戦法を取りました。後は発言が少ない人に振ったり。
以前コミュニケーション論で勉強した「おうむ返し」も使えました。たとえば

Aさん「私は○○は××だと思います。なぜなら□□だからです」
と、きたら
綾長「□□から××なんですね。私も賛成です。それは△△で~」
と、前の人が言ったことをそのまままとめる(鳥のおうむのように返す)か、または自分の言葉に言い換えてわかりやすくする感じですね。無難な感じで進めました。
司会しか役職決めなくて良かったので、何だかんだで司会やりながらタイムキーパーも書記もやりました!前職もそんな感じで同時進行で仕事してたので、経験が生かされています。しかし、全部一人でやるのはオススメはしません(笑)

【集団面接】
グループディスカッションの後は集団面接。だいたい40分くらいですかね。聞かれたのは自己紹介や志望動機、後はその自治体独自の取り組みについていろいろ聞かれました。公務員面接のテンプレ質問が全然聞かれませんでした。なので、質問の答えを丸暗記するというよりは、会話をすると思っていた方が良いですね。もちろん答えを用意したり、練習するのも必要ですが、民間の面接と同様に何聞かれるかはわからないです。駄目でも自分の言葉で頑張って答えようとしている感が評価されたんでしょうか?同じ班の人に「わかりません」と答える人もいましたけど、何でも良いから言った方が良い気がしましたね。

以上、そんな感じで二次選考に通りました。
次が最終面接です。無職脱出なるか!?仕事決まったら焼き肉食べたいです。

公務員司書採用 専門試験情報

高倍率 司書採用試験

図書館司書や学芸員といった公務員資格職は高倍率の難関試験だ。
行政事務と違って採用数がそもそも少ないため、どこの自治体も倍率が10~30倍程度ある。場所によっては、県庁70倍、国立国会図書館総合職100倍、私立大学図書館では300倍と途方もない数字。
非常勤や指定管理者(民間委託)ですら競争率が高い現状の中、こうした現場で働きながら直営正規を目指している方もいるのではないか。かく言う私もかつてはこの業界の関係者だった。だからこそ言える。

直営正規以外の司書なんて入っちゃ駄目よ、と。

いくら委託先の正社員でもね。
どうしてもやりたいのであれば、悪いことは言わないから司書ではなく行政で入って、異動願いを出し続けた方が良い。

toyokeizai.net

このような記事も話題になっているが、これは氷山の一角である。
正直、直営の非常勤であれば業務も決まっていて定時で帰れてサービス残業もないだろうし、身分相応ではないかと思ってしまうけれど。
ネタは尽きないが、これ以上の話は残さない。こんなネットの隅でも身バレが怖いので。日本全国から関係者がきているはずの図書館イベント等で知り合いに出会う確率が高すぎるほどに、この世界は狭いのである。

それはそうと、気分転換に某市の司書採用試験を受けてきた。
司書の採用試験は行政と違って過去問がひどく少ない。専門試験対策をどうするか悩む者も多いだろう。
私が知る限り有効な問題集は、
図書館職員採用試験 対策問題集 司書もん【全3巻】」
図書館職員採用試験問題集・解説―「旧・国家公務員II種図書館学」に学ぶ」

ぐらいだ。
前者は記述式の都立図書館や国立大学法人司書区分の採用試験向け。ページが薄い割には高い問題集だった。ちなみに後者は国家Ⅱ種での採用が廃止されたので、絶版されている。国立国会図書館で閲覧するのが良いだろう。あとはインターネットで受験者が残した問題を検索するか、大学か予備校を頼るくらいか。

せっかくなのでこれからの受験生に向けて、覚えている限りでこんなのが出たというのを記録に残しておく。
【専門択一試験40門120分】※教養試験120分、論文60分あり。

学校図書館法、社会教育法などの定義
図書館の自由に関する宣言で挙げられていることは?
・NDCが参考にした分類法は?
・検索の精度率、再現率の計算
・wwwの定義 
・ベン図から検索式を出す(and or not)
・有料データベースの定義 
国立国会図書館の提供サービスの定義
・パネルシアター、ペープサートなどの定義
・読み聞かせ、ブックトークなどの定義
・巻子本(かんすぼん)読み方

などなど。基本的に定義の間違い探しの問題が多かった印象。
たとえば、1、パネルシアターとは〇〇であるという選択肢は、〇〇の部分がエプロンシアターなので×など。
都立図書館の採用試験のような全問記述式よりは簡単だった。

しかし、例によってとんでもない倍率なので期待はしていない。
民間委託に国立T大学の人が入ってきちゃうような世界だ。どうせ博士崩れも受けているだろう。
記念受験できてよかった。

統合失調症と誤診された時に起きた謎の症状とその予後について

私はかつて「重度」の精神障害者であった。
高校2年生の時に起きた違和感の正体とその誤診による闘病生活について思ったことを記録に残したい。
(生々しいので閲覧注意。)

目次

あの頃の私は真面目なだけが取り柄の健常者だった。

高校2年生の時の話だ。
当時の私は、中高一貫の私立女子校の特進クラスで国立大学を目指していた。
成績は悪くなかった。偏差値は文系三教科なら70あった。
事実上最後になった模試の結果は、第一志望の地方国立T大学はC判定、難関私立W大学はA判定、M大学はA判定(ここは滑り止めという話であった)
両親は私学難関のWとK大学出身だったので、そのくらいの学歴は欲しかった。
あの頃の私はまだ健常者で、勉強しかすがれるものがなかったというのもあって、ひたすらに参考書とにらめっこをしていたかに思う。
他人は裏切ることもあるが、勉強は自分を裏切らないと本気で信じていた。

発病と違和感の正体

「臭い」
この言葉に今でも反応することがある。

最初にその違和感に気が付いたのは、後ろの席に座っている人が、こそこそと「なんか臭い」と話しているのを聞いたことだ。
まさか自分のことだとは思わなかったし、ただの気のせいだろうと放っておいた。
しかし、「屁の臭いがする」と呟かれたり、咳き込まれたりするうちに、それは段々確信に変わっていった。
「自分の知らない内に漏れているんじゃないか」と。
実際に漏れ出していた。自分の意思とは無関係に勝手に屁が出ていたのである。
(正直、ネットの世界にこんなことを残すのも抵抗感があるが、こういう病気があることを知ってもらえるならと思い公開することにした。)

とうとう学校に通えなくなり、どうしたら良いかわからずに発狂した私は、勇気を出して親に
「ガスが勝手に漏れ出して周りが臭いと言う」
と、相談した。
けれど、誰も信じてくれなかった。
妄想だと思われたのか、そのまま精神病院にぶちこまれた。
先生に同じことを言っても、「無理をしているとなる病気だ」と訳のわからないことを言われ、フルメジンエビリファイを処方された。
(この薬は強力な抗精神薬である。)

診断名は統合失調症だった。
ガス漏れを妄想だと思われたのである。
後に自分で調べた結果、過敏症腸症候群のガス型であったと知るまで、誤診されたまま薬漬けの廃人生活を余儀なくされたのだ。

高校中退の危機、死に物狂いで学校にいくも、ガス漏れは止まらず
「いつまで学校きてるんだよ!早く死ねよ」
と、暴言を吐かれたこともあった。
本当にその通りだと思った。自殺を試み始めたのもこの頃からだった。

悪化する病状

不思議なことに、統合失調症のような症状も現れ始める。以下はその一例である。

ある夜、誰かが扉の前にいるような気配に目が覚める。
すると、ピーポーピーポーと、救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
「火事だ!」と、私は思って怖くて目を閉じるも、ずっとサイレンの音は鳴り止まない。
頭の中でサイレンがピーポーピーポーと追いかけてくるのである。
あ、私は殺されるのだと思い、ぱっと目を開けると、黒い影が大量に目の前にいる。
怖くて布団の中で泣きながら夜を明かした。

俗に言う幻覚や幻聴だったのかもしれない。

電車にも乗れなくなっていた。ガスが漏れる不安の他に「電車の椅子に座ると爆発して死ぬ」と思っていたのである。
妄想だったのか。

今思えばおかしいと笑えるが、当時の私には恐怖であった。
当然、こんな状態なので高校は卒業したものの大学受験は受けに行くことでもできず失敗。(センター試験は特別処置で受けられた。)この状態で男のいる環境は無理だと女子大に進学する。

闘病生活で終わった青春時代

進学してからも闘病生活。薬の副作用から寝たきり状態になっていた。
苦しくて自殺を試みるも失敗。
もう自分は死ぬ才能がないと痛感し、このままでは本当にまずい、何とかしなければと生き延びる方法を考えるようになる。
とにかく薬を辞めようと思った。この一連の体調不良は薬のせいだと。
そして、自分で勝手に減量することにした。(勝手に薬を止めたり、減量するのは本当はいけません)

薬が抜けるまで苦しかったが、この現状を打破したかったので、耐えられた。
その後、気合いで大学を卒業し、就職も決まった。
医者も精神科から心療内科に変えた。(既に精神科は変えまくっており、ジプシー状態になっていた。内科では過敏性腸症候群と診断を貰っていたが、薬はビオフェルミンしか処方されず、効かなかった。)

心療内科に変わってから、やはり私は統合失調症ではなかったと確信する。
その医者は過敏性症候群のことも理解しており、そんな状態なら、生きているのも辛かっただろうと共感してくれた。
薬は抗うつ剤レクサプロと抗不安薬デパスなどに変わった。それが効いたのかみるみる内に元気になった。

そして、現在思うこと

トラウマのようなものは未だにあるが、過敏性症候群も一連の謎の症状も今はない。
それに履歴書上ではブランクがないので、「普通」を演じることができる。
前職では明るく元気、愛嬌があるという謎の理由で出世もした。
社会人になれたのは不幸中の幸いだったかと思う。
思春期に発病することが多い精神疾患は、その後の人生をめちゃくちゃにしてしまうことも少なくない。
私は運が良かった方だ。立ち直れなかったら今頃、寝たきりのままだったかもしれない。
精神疾患は病名の判断が曖昧な部分も多く、誤診されることや薬漬けに合うこともある。
もちろん、薬や心理療法が効き、私のように社会復帰する人も多いから、全てが悪いとは思わない。
けれども、最初にかかった病院が統合失調症と誤診しなければ、そもそも病気にならなければ、また違った未来があったのかなとしんみりしてしまうのだ。

この病気が全ての医者に理解されること、対処法が確立されることを願ってならない。
この世界には過敏性腸症候群のせいで学校を中退したり、社会に出られない人もいることを忘れてはならない。

社会の底辺からムンクの叫び~他者と比較しないと生きられない人へ~

 

vilar5275.hatenablog.com

この記事を見た瞬間、

どうしようもないほどの「あっ!」としたような感情が溢れてきた。

 

要約すると、炎上した彼女のブログには、

「人は職業によって身分の序列があり、最下層とは口も聞きたくない」

というものであった。

しかも女子大出身で、他の記事でも女子校について触れている。

 

何故だか彼女のことを「可哀想な人だ」と思って居ても立ってもいられなくなった。

「女子校に囚われたならず者がいる!!」

まず最初に付け加えておくが、皆が皆そうではないということだ。

しかし、女しかいない環境に長くいると、彼女たちの行動原理に潜むものが見えてくる。

それは、他者との比較と自分の立ち位置の確認である。

彼女たちは、小さい頃からお受験やママ友品評会などで他者と比較され育ってきた

いつしか自分たちもお互いを見合い、どの程度の人間なのかを評価するようになる。

 

  • 可愛い子
  • お金持ちの子
  • スタイルの良い子
  • 成績優秀な子

 

己にないものを持つものがいると、時として憧れ、時として嫉妬が芽生える。

それを言葉にしないのが怖さでもあるが、

「あの子の方が○○」という劣等感、

「私の方が○○」という優越感のミックス感情を持ったまま女の園を生きていく。

 

特に彼女の出身校は「3S」と呼ばれるブランド校で、

偏差値は高くないがプライドは高い「お嬢様たち」が少なからずいる学校だ。

 

中高大とエスカレーター式に上がっていき、女子大までいくと、それはピークに達する。より優れた男に選ばれるために彼女たちは肉食となるのだ。

 

こんな環境を目にしたならず者は、絶えず他者との比較でしか生きられない。

自己を確立できない。

 

だからこそ彼女の「社会的階層論」は、

女子校に囚われたならず者の一つの形だと可哀想に思ってしまったのだ。

 

ここで、彼女の考える社会的階層を引用する。

第1階層 上級公務員、経団連加盟大企業勤務者、難関国家資格、成功した起業家。配偶者含む

第2階層 2流中規模会社勤務者。 2流公務員

第3階層 中小企業勤務者、ニート

第4階層 フリーター、非正規社員派遣社員、飲み屋、風俗嬢など売春婦

これを筆者に当てはめると、とんでもない矛盾が見えてくる。

 

筆者の前職は第3階層であったが、今は無職の公務員浪人というニートなので、

なんと身分が変わらないのである。

 

日本国憲法には勤労の義務がある。

働かない人間は義務を果たしていないのに身分が上とは、

そんなのはただの違憲である。

 

他者との比較から逃れるためには

筆者は万年女子校というならず者であるが、他者との比較からは早々と撤退することができた。

筆者を救ったのは学問や書物との出会いであった。

 

敬愛すべき文化人類学者のレヴィ=ストロースは、

「未開」社会の先住民と近代社会の文化人の間に優劣はない。

やってることの根本は何ら変わりはないでしょという構造主義を提唱した。

 この社会にもそれは当てはめられる。

 多様な働き方と多様な価値観がそこにあるだけでそこに優劣はないのである。

 ここの難しいところは、彼女の思想もまた一つの価値観でしかないというところであるが、

もし筆者が他者との比較でしか自己を確立できない人間であったら

古代アメリカ文明を「野蛮」と称して侵略し、亡き者にした西洋人のように

ただ否定して蔑むだけのつまらない人間になっていただろう。

 

だからこそ、この記事を見た瞬間、

声にならない感情が「あっ!」と溢れてきてしまったのだ。

「女子校に囚われたならず者がいる!!」、と。

土湯温泉「若旦那図鑑」2.5次元ブームはここまできた!

福島県土湯温泉が今注目を浴びている。

土湯温泉。福島駅からバスで約40分。
こけしが有名のようで、どこもかしこも
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こけし

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こけし

こけしが異様にいる以外は、山奥の温泉街でまったりとしている。
最初のうちはそんな「こけし温泉」だとしか思っていなかった。

そう…あの「若旦那図鑑」に会うまでは。

若旦那図鑑!

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土湯温泉などで発行されているフリーペーパー。

どうも旅館の若旦那を「アイドル化」して、メディア進出を遂げているようだ。
NHKなどで取り上げられ話題となっているらしい。

会いに行けるアイドルならぬ、会いに行ける若旦那。

この若旦那図鑑が意外と本格的だ。

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山根屋旅館の若旦那「渡邉樹璃案」通称ジュリアン(写真右)

旅館屈指のイケメンでサインを求められることもあるそう。
(技術不足で写真がピンポケなのが残念だ)

しかもジュリアンは本名とのこと。キラキラネーム…。

手元には最新号しかないが、web上でバックナンバーを見ることができる。

若旦那図鑑WEB

VO3号掲載「若旦那との妄想デート」には
まるで乙女ゲームのような記事まで作られている。
一見の価値ありだ。

驚くべきごとに図鑑に掲載される若旦那は現在進行形で増えている

たまたま寄ったまんじゅう屋の売り子も実は若旦那だったのだと後から知った。

まるでポケモン図鑑。出現場所とか書いてあるし。

「あ、野生の若旦那がとびだしてきた!」
一体どんな若旦那だろ~と、図鑑をパラパラさせる日も来るのだろうか。


ちなみに漫画化もされている。
本物の若旦那が実名で登場。1巻が発売中である。


テニミュ」や「ペダステ」など、数々の2次元作品が、イケメン俳優たちによって2.5次元化されてきた。
かつてペダステのチケット予約戦争の話を聞いたが、うん、あれは絶対にとれない。

今や怒涛の2.5次元ブームが到来していると言っても過言ではない。

そして、時を同じくして福島の温泉街でも「会いに行ける若旦那」が話題になっていた。

「2.5次元ブームはここまできたか…」
と、若旦那図鑑を見ながら思う今日この頃である。

追記

筆者が泊まったのは土湯温泉の山水荘。
5つ星の宿に認定されており、滝を見ながらの露天風呂はなかなか絶景。

ロビーには若旦那「リオ」の等身大パネルがあり、微笑ましくなる。
「旅館経営も大変だな」

等身大パネルと若旦那「リオ」 山水荘ブログにて
双子?! | 新着情報 | 土湯温泉 ホテル山水荘

「夢を見なくなったら終わりだ」なんて思う今日この頃

夢と挫折。

皆さんは子供の頃、どんな「夢」を持っていただろうか?
きっと誰しも将来に希望みたいなものを持っていただろう。
実際小学生の頃の卒業文集など開いてみると、サッカー選手、女優、研究者、漫画家と名だたる職業が並んでいる。
大人になってみて初めて、子供の頃に描いた夢は、現実味を帯びていない「夢」ばかりだったと感じるようになった。

さらに保育園の頃まで辿ってみると、女児の将来なりたい職業トップ3が
1位 花屋さん
2位 おみせやさん
3位 お嫁さん
であった。(中にはセーラームーンや金魚などの珍回答もあった。)

今にして考えれば、「花屋は立ち仕事で水場だから手が荒れそう」だの「ショップ店員はノルマが大変なわりに給料低いし若い人しかいなそう」など具体的な情景が思い浮かんでしまう。

「お嫁さん?そりゃあ今でも人気な職業なんじゃあないでしょうか。」
そういう意味で女児は現実味を帯びている、かもしれない。

では、そんな小さい頃の「夢」、皆さんは叶えられただろうか?

大なり小なり叶わなかった「夢」もなかろうか。

筆者もそんな一人である。

筆者の人生の挫折経験とその立ち直りまでは、以下に記したが

imyeden.hatenablog.com

小さい頃、「若くして死にたい」と思う傍ら、ほんの少し人生に期待をしていた時期もあった。
以下が夢の記録である。

「小説家」
文章を書く、空想を形にすることが好きだった。

「考古学者」
歴史を研究するのに興味があった。

「図書館の先生」
本が好きだった。

「役者」
自分でない誰かになれるのが魅力だった。

そのどれもが実際の職業にすることはできなかった。

が、やはり自分のやりたいことというのは追いかけているからか、自然と近しい結果に巡り会えるものだと思った。
何だかんだで、そのどれもに似た仕事をすることはできたのだ。

一例をあげると、小説家ではないが広報でライティング業務をしたり、考古学者ではないが郷土研究家と合同で郷土誌を発行したなどである。

完璧な「夢」の実現を願わなければ、現実に落としこんだ形で夢は叶うものだ。
私はそう信じている。

子供の頃に描いた「夢」

きっと誰しもその夢と挫折と実現の物語があるのだろう。

しかし、例え実現することはなかったとしても、その人の人生経験の中で、いつのまにか追いかけて、思いがけない形で掴んでいる、あるいはこれから掴むことだってあるかもしれない。

夢を見なくなったら、それはそれでつまらないと私は思うのだ。
夢を見るのは楽しい、夢を聞くのも楽しい。

皆さんの夢は何だろうか。





Netflix火花お題「夢と挫折」



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「死にたい」、「学校に行きたくない」と思った時こそ逆転のチャンスの始まりである

「死にたい」、「逃げたい」

誰しも一度は本気でそう思ったことはないだろうか。

少なくとも私はあった。それも一度どころではない。

きっとこんなところに辿り着くような人は、何か今大きな悩みがあるだろう。

だとしたら、一つだけ、声高に言いたい。

「死にたい」と思った時こそ逆転のチャンスが始まるのだと。

私自身の人生を紐解きながら、それについて書き留めようと思う。
少しばかりお付き合い頂けたら幸いである。

散々な学生時代

ずっと「普通になりたい」と思っていた。
私は、人と何か違うように感じていたからだ。

小学生の頃には既に「若くして死にたい」と思っていたし、
中学受験の模試の当日、体育の授業、「逃げたい」と思っては、
逃げられない状況に悲観していた。(実際に当日に一人逃走することもあった。)

中学生の頃は、家庭科の授業で立てた人生設計で、
25で作家デビューし、33には人気絶頂の内、薬物自殺を遂げるとある。
当時、自分の中でブームになっていた文豪たちが「カルモチン」という薬物で自殺していたことに由来していると思われる。

芥川が書き残した「ぼんやりとした不安」という言葉。
小さい頃は、ぼんやりと訳のわからない現実への恐怖に対して、似通った言葉だと思っていた。
しかし、いじめを受けた中学時代、恐ろしい病気にかかり不登校になった高校時代を過ぎて、不安はハッキリと、より確かなものに変わっていった。

そして、大学時代。単位のために出席点を稼ぐ以外は、寝たきりの生活を送っていた時、
「もう早く死んだ方が良いな」
と、一種の諦めのような気持ちが湧いてくるようになった。

「自殺 方法」

「楽に死ぬ方法」

「早く死にたい」

気がつくとネットで検索しては、どうしたら死ねるのかと考える日々が続くようになっていった。

そんなおろかな日々の中、なんとか単位は全部取ったものの、卒論のデータを紛失し、留年までしてしまった。
人生のレールなんて簡単に一気に転がり落ちてしまうものだと思った。

自分は、生まれた頃から「早く死にたい」と「現実から逃げたい」と思っていたのかもしれない。

社会人になって訪れた転機

しかし、転機は訪れる。
就職氷河期であったが、やりたかった仕事に就くことができたのだ。
大学に行ったのは、その仕事に就くのに必要な資格を取るためだった。

私は、大学に籍を残したまま、卒論を復元しながら働くことに決めた。
憧れの職業で憧れの正社員。

まぁ、最初の内は仕事はできない、まともに会話できない、散々な人間だった。
人事はよく採ったもんだ。
待遇も本当に悪かったし、離職率も高く、はっきりいってブラックだったからか。  

けれど、社会人の方が閉鎖的でネチネチした学校なんかよりよっぽどマシだ。
勉強しながらお金も貰える。変なやつも勿論いるが、学校のようなくだらない低俗な人間はいない。
それに、仕事に誠意を持って取り組めば、絶対に自分に返ってくる。いじめるやつなんていない。

あの頃の地獄に比べれば、サービス残業長時間労働だって全然怖くない。

その成果を認めてくれたからか、入社一年後には管理職になっていたし、周りから必要とされる人間となっていた。

徐々に徐々に、「死にたい」の気持ちは「死にたい人を助けたい」に変わっていった。

そして、今、国の教育や政策に制度側から関わるために、学生時代、できなかったことをやるために、公務員試験に挑戦することにした。

今年の結果は散々だが、ようやく自分で新たなレールを構築できるようになったと、私にとっては偉大な一歩だと感じるようになったのだ。

今になって考える自殺者への思い

もしあのとき自殺していたら、きっとそんなことはなかっただろう。
私の知り合いや身内には、若くして亡くなってしまった人がいる。
きっとその人たちだって、もしかしたら、今の私のような気持ちになれる日が来たかもしれない。

日本は年間三万人が自殺するという。
毎年、コンスタントに。
死という穴が三万個どこかにあって、普通の人間が知らない内にハマってしまって、死を選んでいるとしか考えられない。
その穴を埋めることができたら、もっとこの世界は生きやすくなるはずだ。

もし、今君が学校に行きたくないと思ったら、行かなくたって良い。
ただ、希望は絶対に捨ててはいけない。
希望を捨てたら、蜘蛛の糸は降りてこない。

昔読んだ古典文学に「モンテ・クリスト伯(岩窟王)」というのがあった。
あまり内容は覚えてないのだが、無実の罪で長年幽閉されたモンテ・クリスト伯が脱獄した後、自分を騙した連中に復讐をし、出世ていくストーリーだった気がする。

そんなモンテ・クリスト伯にこんな言葉がある。

「待て、しかして希望せよ!」

どんな苦しい状況でも希望を持ってチャンスを待っていれば、いつかは転機が訪れる。

今苦しいのは一時のこと。
チャンスを見つける機会をじっと待ち、今だと思ったら討つ。

君たちには、絶対にそんなチャンスが訪れるはずだ。

だからこそ、再度声高に言いたい。

「死にたい」と思った時こそ逆転のチャンスが始まるのだと