白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

うつ病は治る可能性がある、発達障害は生涯付きまとう

みなさん、こんにちは!無職の綾長です。
先日の公務員試験第一志望自治体に見事に爆死しました!だいたいボーダー付近くらいなので、「うーんどうかな」って感じですね。冬まで試験は続いていくので、「また次行くかー」というところです。

さて、話は変わりますが、先日障害者雇用の基準が拡大し、2018年には精神障害者の雇用を義務化するというニュースを見ました。今までは「知的障害者」や「身体障害者」のみだったそうな。現代のストレス社会、メンタル社会のことを考えても妥当な選択だと思います。精神疾患の認識自体はかなり広がってきていますし、その患者数も増加傾向にあります。

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、近年大幅に増加しており、平成23年は320万人と依然300万人を超えています。(厚生労働省より抜粋)

人口は減少、高齢者は増加、障害を抱える人も増加、そうなってくると、どんどん働き手が減っていく。つまり、労働力が低下し、経済状況を維持できなくなります。現状を維持しつつ更なる発展を遂げるためには、高齢者、障害者、女性といった労働参加率が高くはないところにも雇用を広げていく必要があるわけです。この障害者雇用制度の改正は必然的なものでしょう。

だからといって、精神障害者誰もが働けるかといったら難しいのではないでしょうか。やはり企業の受け入れ体制や健常者の理解、様々な課題があります。だいたい仕事って大変じゃないですか。健常者だってヒィヒィ言いながら働いているのに、更に厳しい状況で働かなくてはならない障害のある方々は本当に苦労されるだろうし、接する側も試行錯誤だと思います。あまり環境の良くない中小企業の現場仕事なんて特に。私の前の職場のことなんですけど。

前職で、仕事が全然できなくて、いくら教えてもおかしなミスをする、空気が読めない、ちょっと困ったアルバイトがいて、そういう人は周囲から噂話や嫌がらせみたいなのが絶えなかったんです。恐らくあの子は発達障害なのではないか、と本人と面談して受診を進めたことがあります。実際、発達障害だったんですけどね。それからは、業務も最低限にさせて、必ず私が確認する。正直言って私がやった方が早いです。それでも根気強くやってもらう。本人がミスするたびに、本社からは「仕組みが悪いだけじゃないか」と言われて私たちが悪いみたいな雰囲気にすらなりました。それからいろいろ改革したのに、ミスは減らず、他のアルバイトからは「同じ時給なのはおかしい」、「クビにしろ」とてんてこ舞い。職場の雰囲気が悪くならないように、周りとも面談して、やることはやった。でも、他にもいろいろあって、結局、私は現場を去りました。あの子はまだいるらしいです。

そういうの見てると、障害のある本人も第三者も辛いだろうなって思います。ちゃんと整備されていればね、いろいろ大丈夫なところもあるだろうけど、自分で精一杯の中小は今のままでは難しいのではないでしょうか。その辺も含めて改革していく必要がありますね。

長々と書いたのですが、一番言いたいことは、発達障害、知的障害、身体障害、といったものは、もう治らないじゃないですか。生まれつきだったり、何だりね。精神障害は、完治は難しくても治る可能性はあるんですよ。

なぜ、私がこういうことを書いているかというと、某メンタルブログの方(精神障害2級で学生時代からうつ病で働いたことはない)が、「自分はうつ病だけど働きたい」と言われていて、それに違うブログの方が、「自分は発達障害だけど働くのは大変、精神障害3級は障害者年金がでない、この違いは何か」と嘆いてたの見たんですよ。それに対して、またいろいろ反論されていましたけどね、発達障害には関わりたくないとさえね。

私自身もうつ病や過敏症腸症候群で何もかも失った経験があるからこそ言いますけど、障害を抱えてそれでも働かなくては生きていけないという人の方がよっぽど大変だと思いますよ。第三者が絡んでくる、責任が付いて回る訳ですから。守ってくれる環境や人がいるなら恵まれていると思います。
弱者が弱者を叩きあう構図というのはあまり好ましくないと思いますし、苦しみなんていうのは天秤にはかけられません。しかし、頑張ってもがいている人が割りを食う社会にはしたくないと思うのです。

働き方を選べる・認め合うのが理想

toyokeizai.net

この記事を読んで日本人の働き方について思ったことを少々。


今年は労働問題がいろいろ焦点になりました。過労死問題、ブラック企業問題など。上の記事でも日本人の働きすぎ問題が挙げられています。インターネットを見ていても、こんな労働環境は嫌だ!と、あえて雇われない生き方など、多様な働き方を目指す人がけっこう目立ってきていますよね。特に若者世代のそういった開拓精神は見ていて頼もしいものであります。ただ、一部の人が固定観念みたいなものを作るからか、どうしても「会社員vsフリーランスといった煽りの構造が出てきてしまうのは悲しい話なんですけどね。

私から言わせてみれば、その人があった働き方をすれば良いと思うんですよ。時間に余裕が欲しいからあえてフリーター、組織に属したくないから、自力で稼ぎたいからフリーランス、育児の合間に働きたいからパート、生涯働きたいから正社員、公務員のように働き方が自由に選べる社会、それを互いに認め合う(というか非難しない)社会が理想的だと思うんですよ。あくまで「理想」なんですけどね。

上の記事のコメント欄を見ていても「日本人の働き方は異常」と潜在的に思っている日本人は多いと言っていいでしょう。しかし、現場レベルではなかなか変わらない。
政府も働き方改革なんてやっていますけど、やはり何十年、何百年と染み付いた体質を変えていくのは難しいでしょう。何十年かかるかわかりません。少しずつでも改善していかなくてはならない。精神論で変わるようなもんじゃないですからね。


ここで目につくコメントがフリーランスだと言う人の意見。

端的に言えば「自分はフリーランスだけれど、日本の働き方に文句言う人が多いのに変わらないなんて何にも行動に移さないバカ」みたいな内容。
うーん。思考停止だなーと。

確かにね、現状に不満があって変えていかなくてはならないなら改善するべきだと思いますよ。また、望まないで長時間労働をしている人、過労死に至るような人、そういう人は救うべきですし、改革するべきですよ。けれども、守らなくてはならない物があって企業で稼がなくてはならない人、仕事が趣味でバリバリ働きたい人、多様な人がいるということも視野に入れる必要があると思うんですよね。

バリバリ働きたい人はバリバリやればいいし、適度に働きたい人は適度にやれば良いし、家庭と仕事を両立したい人は両立できるように改善する、そこに優劣をつける意味なんてないんじゃないですかね。フリーランスでやりたい人はフリーでやりゃ良いんですよ。何でもメリットデメリットがあるんだから、自分にあったものを選べばいいでしょ、と。
私なんかは雇われて良かったと思っている口ですし、とりあえず三年以上やって結果も出せたし、やりたいことも見つかり、社会人としての力もついて、文句はあっても、良いこともあったんですよ。そういう人もいるんですよ

そもそもね、変えましょう、そうしましょう、で簡単に行くようなもんじゃない。極端な話をすれば、戦争はなぜなくならないか。戦争で利益を持つ人は置いといて、大抵の人は戦争は悪だと思っているはず。けれどもなくならない。そこには何十年、何百年におよぶその国の宗教や文化の対立があったりするわけで、世界平和を目指しましょう~でお手手つないでハッピーエンドなんてなかなかいかないでしょう。変えるには根気と長い年月が必要なんですよ。
働き方改革を戦争と同列に話すのはどうかと思いますよ。それでも根付いた物を変えるってことはそんな簡単な話ではなくて、もちろん改善していかなくてはならないけれど、一言二言で片付けられる問題ではないと思うんですよ。

割りを食っている人や消耗している人は救うべき。ただ、そこに優劣をつけて働き方の形態に対立構造を持たせることはしたくないと私は思ってならないんです。

引きこもりは何かのきっかけやタイミングがなければ這い出せない

大人の引きこもりが平均22年に及ぶという記事をインターネットで見た。※現在は削除されている。
22年!なんとも気の長い歳月であろう。生まれたばかりの赤ん坊も社会人になってしまう。どうしてそんな時間を引きこもってしまうのだろうか。誰も助けてやれなかったのだろうか。元「引きこもり」としては、黙っていられなくなった。

そもそも引きこもりとは何なのか。

厚生労働省の定義を抜粋すると、

「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」を「ひきこもり」と呼んでいます。
「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではなく、様々な要因が背景になって生じます。ひきこもりのいる世帯数は、約32万世帯とされています。

だそうだ。仕事もせず、学校にも行かず、家族はおろか誰とも交流をしないが、予備校に行って勉強をしている自分は、引きこもりに大手がかかっているようで驚いた!
それはともかく、前述の22年以上も外的な交流がなく、家に引きこもっている人間がいるという事実はやはり衝撃である。病気や何かしらの理由があるには間違いない。引きこもるきっかけみたいなものがあって、そこから這い出せないまま来てしまった人もいるのだろう。

私が思うに一度引きこもりになってしまったら、何かのきっかけやタイミングがなければ、本当にそのまま現状維持になってしまうことが多いと思う。私が全う?な人間に戻れたのは就職というタイミングであったし、逆に就職を失敗した同級生は3年引きこもってしまった。その後、彼女は新卒時代に「絶対にやりたくない」と言っていた介護の仕事で社会復帰した。あまりその辺りのアレコレは聞いていないが、祖父の介護が今の仕事につくきっかけになったという。何かしらの変化がなければ、今の結果はない。

もし、現在の私が引きこもり時代の私に会いに行けるとしたら、無理やりにでも外の世界に連れ出すし、運動もさせるし、新しい興味を引き出すきっかけを作ってあげる。若い内にやれた楽しいこともたくさんあっただろうに。当時はそんなものは知らなかったし、自分の部屋が世界の中心だった。結局、狭い世界ではその先はないのである。誰かや何かが引っ張ってくれたらどんなに良かっただろう。

これを見ている人の中で、身内に引きこもりがいるという人がいるとしたら、そっとしておくより、変化のきっかけを与えてあげた方が良いと思う。今は自治体がサポートステーションで支援を行っていたり、NPOによる自立支援活動もある。同じような悩みを抱えている人はたくさんいる。そのままいつか這い出してくれるという思い込みは、当事者自身も後々苦しめるのではないか。何もないまま時が過ぎた時に、その現実に絶望して苦しいのは当事者自身だ。時が経てば経つほど動けなくなってしまう。
引きこもり本人も困っているなら誰かに助けを求めて良い。自分一人ではどうにもならないことがこの世にはたくさんある。助けを求めるのは早ければ早いほど良い。先延ばしにしていると負の領域はどんどん大きくなっていってしまう。たとえば、仕事のミスは隠したくなってしまうけれど、早いうちに上司に報告した方が結果として良い方向に取り返すことができる。だから、誰かや何かを頼ることは別に悪いことじゃない。私自身が社会復帰してわかったことは、人との繋がりや人からの影響というのがどれだけ大切なものかということだ。 時として誰かや何かに助けを求めることは必要。変化をくれる人も大切。もし引きこもりで困っている人がいるのなら自治体でも親でも知人でも何でも良いからまずは小さな変化を探して欲しい。

2016年総括 20代、仕事を辞めたその先は……

今年はどうもお世話になりました。

ブログを開設してから8ヶ月が経過しました。記事数は36、何だかんだでまだ続いています。もともと私はSNSの類いが全く続かない性格で、仕事のために作ったFacebookTwitterも全部放置しています。現実世界の延長みたいなあの手のものは苦手です。ブログも初めてだったので続かないかと思っていました。どうやら匿名の世界は、少しばかり居心地が良かったようです。

私がブログを書く理由

ブログを書くきっかけとなったのは、同じく公務員浪人をしている人のブログを見たことです。そこに孤独な公務員浪人はブログで吐き出すと良いよ!」とあり、せっかくだしやってみるかと。いわば、このブログは、私と社会を繋ぐ唯一の接点とも言えるでしょう。もちろん現実世界での交流もありますけど、そこでの私は「公務員浪人の私」ではなく、「前職の先輩・同期としての私」、「同級生としての私」といったある意味真っ当な自分なわけです。無職サイコー」とか「あの野郎、今に見てろよ」とか心の中の黒いものは吐露できない状態。予備校と自宅の行き来の合間にポロっと書けるのが良い息抜きになりました。これからも人間の心の「黒いもの」と「白いもの」を混ぜこぜに吐き出していこうと思います。

アクセス数が月間1000を超えました(はてな解析)

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今年の総アクセス数は3000届かないくらいですね。今月に入ってから1000を超えるようになりました。私のような日陰ものでもアクセス頂いて大変嬉しいです。ブログで頑張っている人たちにはたいしたことない数字でも、私にとっては、初めての1000です。検索用語はやはり過敏性腸症候群関連が非常に多く、半分以上がこの記事のアクセスでした。

imyeden.hatenablog.com

過敏性腸症候群 後ろに彼氏」で検索されて来られた方、心中お察しします……。
彼氏さんに真実を伝えるのか、担任の先生に言って席を変えてもらうか、薬物療法を試してみるか、私が考えられる選択肢はそれくらいです。「治った」や「完治」というキーワードが多めなので、やはり求められているのはどうして治ったのかというところでしょう。私も仕事が決まったら突き詰めていきたいです。なぜこのような病気があるのか本当に理解に苦しみます。それでも、今苦しんでいられる方たちにもまた違った未来があることを私自身が証明していきたいです。

2016年まとめ

2016年は私にとって変化の年でした。22歳で新卒入社し、4年間勤めた会社を辞め、26歳で公務員浪人に乗り出すという。文字どおり人生をかけた新たな挑戦です。仕事を辞める前は会社との激しい攻防で、「辞めたら後悔するぞ」「こんなにお前を受け入れてくれる職場はないぞ」など不安にさせるような言葉を浴びされました。今となっては早く辞めなかったことを後悔しています。
確かにあの職場での経験は私の再起のきっかけにもなったし、退職を告げた時の後輩たちの涙、地域の方の驚きは辛いものがありました。しかし、いつまでも官製ワーキングプアを続けるのか、明日すら見えない現場でその日暮らしを続けるのか、毎月誰かが辞めていくのを何度も何度もお見送りしていくだけの存在になるのか、そう考えた時に私は前に進みたいと思い、会社を辞めたのです。当初は解放感や充実感と共に、喪失感や不安感いろいろな感情がありました。けれども、今年の秋頃から公務員試験に受かりだして、最終面接まで進むなかで、私でもやれるのだ、私を受け入れてくれる場所は他にもあるのだという未来への希望、かすかに見え始めるようになりました。

もし、仕事を辞めるか迷っている若者がいたとしたら、一度しかない人生、より良い生活やなりたい自分になるために、会社から飛び出したって良いんだよと言いたいです。私は、仕事を辞めて本当に良かったです。新しい世界が、広がりつつあります。

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年末年始も勉強したい!自習室確保レビュー

今年も終わりですね。年末年始いかがお過ごしでしょうか。忙しい社会人の方々も長期休みに入る頃、この休みを活用して今までの総復習をする受験生も多いのではないでしょうか。私も「年末年始も休まず勉強!」と、思ってはいたものの、予備校の自習室はお休みで、自宅には正月の誘惑が多すぎる……。何とかせねば。年末年始の自習室確保をかけて、いろいろ試し回って見ました。今回はそんな確保した自習室の個人的感想を残しておこうと思います。

その1 公共図書館

過ごしやすさ ★★★★
メリット 無料、静かな環境
デメリット 満席が多い、開館時間が少ない

自習といえば図書館。実は近年の図書館は年末年始も開館しているところがあるのです。東京都内ではざっとこんなところ。

葛飾区立中央図書館、立石図書館 年末年始休まず開館!
千代田区立千代田図書館 31日まで開館
江戸川区図書館(一部)、杉並区立図書館(一部)、台東区立中央図書館 30日まで開館

特に千代田図書館は、社会人のセカンドオフィスがコンセプトなだけあって、館内もおしゃれで過ごしやすい。普段は22時まで開館していますが、さすがに年末は17時までの短縮開館です。葛飾区は年末年始も無休という業界でも珍しい図書館です。問題は、人が多く席がとれないこともあるということ。席取りは必須です。お金をかけないで勉強できるのは魅力的ですね。

その2 ネットカフェ

過ごしやすさ★★
メリット 個室、飲食可
デメリット 机が狭い 料金が高い

一度で良いからアイスクリーム食べ放題しながら問題集解いてみたかった!個室なので周りを気にしないで好き勝手できるのが良いですね。予備校のパイプ椅子よりもゆったりできます。少し暗くて狭めなのは気になる人は気になるかも。一番痛いのは料金。年末年始は祝日料金ということで1日いると3、4000円かかります。漫画やネットという誘惑もあるので、息抜きしつつ勉強したい日にはおすすめ。がっつり勉強には向かないかなぁ。

その3 喫茶店(スターバックス)

過ごしやすさ★★★★★
メリット 飲食可 ゆったりできる
デメリット 周りが気になる 人が多い

スタバで勉強って意外と王道だったのかというほど、右も左もテキスト開いている人がちらほら。勉強しててもファミレスみたいに注意されません。人が多くなってくると変わった方が良いかなと考えてしまうこともありますけど。店員もたまに店内見ていますからね。1日ずっといるのは私には向かない気がしました。しかし、新作ラテを飲みながら問題解くのは結構はかどりますね。PCカタカタさせているノマド気分で洒落乙ライフ。気分を上げながら勉強したい人にはおすすめです。スターバックスコーヒージャパン

その4 有料自習室

過ごしやすさ★★★★★
メリット 普段通り勉強できる はかどる
デメリット 金がかかる

1日ごとに金を払うところや月間でいくらのところと料金体系は幅広くあります。私は年末年始のみ利用できる自習室を使いました。金だしたから頑張ろうとメリットにもなるのでプラマイゼロですかね。朝から夜まで気兼ねなく利用できるのも魅力だと思います。集中できますし。社会人の方なら有料自習室が文句なくオススメです。無職系資格浪人だと何も食えないのに1日2000円の出費かとポツリと思ってしまうかも……。

さて、年末年始はまだ続きますから、自習室確保戦線はまたまだ終わらない。なくなってみて始めて予備校の自習室の有り難みを感じる今日この頃です。
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種村有菜と共にあった青春時代~「種村有菜原画展」訪問記~

少女漫画の巨匠、種村有菜先生がデビュー20周年を迎えたそう。

種村有菜といえば神風怪盗ジャンヌ満月をさがしてなどが代表作で、最近ではアプリゲーム「アイドリッシュセブン」のキャラクターデザインを担当しています。緻密で繊細な可愛らしい絵柄に、健気な主人公や魅了あふれるキャラクター、そしてちょっとエロい?作風。素晴らしい作品と共に青春を歩んだという人も多いのではないでしょうか。ちなみに私はバリバリの「ジャンヌ世代」です。(確か当時は有名アニメが重なっていて、「ジャンヌ」、「カードキャプターさくら」、「ハンター×ハンター」が裏番でやっているという激戦区でした……)

そんな種村先生の20周年を記念して、東京スカイツリーソラマチにて原画展が開催されています。期間は2016年12月17日から2017年1月4日まで。もちろん行ってきました!

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館内は写真撮影可(フラッシュは不可)、SNS投稿も可ということで、周りはパシャパシャシャッター音が鳴りやまない状態でした。1997年「イ・オ・ン」から2016年「悪魔にchic×hack」まで生原画がこれでもか!と展示されています。数ある展示作品の中でもやはり「ジャンヌ」は感慨深い物がある訳で、この生原画の衝撃よ……。

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あぁ、青春の日々。それは中学に入学したばかりの頃でした。一人一人がクラスメイト全員に自己紹介をしていくタイミングで、私が口にしたことが

「好きな漫画家は種村有菜です。」

という一言でした。今考えても思い切った自己紹介をしたというか何というか。当時は「種村有菜=ジャンヌ=エロい」という暗黙の了解みたいなものがあって、周りから「ありなっち好きなん?意外」と声をかけられたものです。純粋に漫画を楽しんでいたのにね。確かにちょくちょく少女漫画特有のラブシーンが出てきたりもしますけれど、あまり理解してはいないですよ。そりゃあ。

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この絵は、漫画を読んでいて「何で見えているんだろう、これは本当にパンツなのかな」と疑問に思っていたこともありました。やはりパンツでした。

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種村先生の原画は本当に線が緻密で、拡大で見たいぐらいでした。これはもはや職人の領域ではないのでしょうか。

他にも素晴らしい原画がたくさんあり、濃厚な時間を過ごすことができました。ショップでは、100点を超えるグッズがお出迎え。物欲を刺激されます。個人的にオススメなのは600円の「フレームアート」です。100均で額を購入すればお気軽に複製原画気分を味わえます。

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種村先生20周年おめでとうございます!

30歳になったら終わりだと思っていた

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第2弾「5年後の自分へ」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/hatenablog-5th-anniversary

眠れない夜に 「5年後の自分へ」

5年も経てばとうとう30歳を過ぎているね。年をとるのは簡単だっただろう。何もしなくても年齢だけは過ぎていく。子供の頃からそんな人生の虚無感を知っていたから、何となく30を過ぎたら死んでいるだろうなと思っていた。女にとっての30歳は、男にとってのそれと比べて、重みが違うと感じていたからだ。小さい頃は「老いたくない」という容姿の問題や「ずっと子供でいたい」なんていう「ピーターパンシンドローム」に似た気持ちがそうさせてた。今はそれだけではない。仕事、結婚、子育て、親の介護、背負いたくない責任みたいなものがのし掛かってくる気がして、30歳という足枷が襲ってくる感覚に恐怖を覚えている。

でも、実際なってみれば恐ろしいものでもないのだろうと思う。5年前の自分を振り返ってみても今の方が何百倍もマシな生活をしている。まだ学生だった頃は、極度の対人恐怖症であったし、就活も失敗続きで、薬が手離せず、留年までしてしまった。実に半引きこもり歴6年におよぶ大失態である。そんな私が「まとも」と呼べるようになるまで成長できたのは、前職での経験があってこそだった。地域の皆様や同僚たちに貢献できる仕事は本当にやりがいがあった。副責任者として毎日14時間ぐらい働いていたと思う。労働環境は決して良くはなかったけれども、私にとっては初めて見つけた居場所だったのかもしれない。

そんな自分の居場所も結局手放してしまったけれどね。5年経ったらまた新しい居場所を見つけられているかな。

もしも今追いかけている夢が叶っていないとしても、また5年後に「お前それなりに頑張ったじゃないか」と自分で言えるような存在になっていて欲しい。
どうせ誰もが生きていれば嫌でも年はとるのだから、他人にどう言われようと自分が納得する生き方をするよ。私はこれからも次の5年に繋がるように、ただただ前に進んでいく。5年後にどんな気持ちで、どんな状況で、30歳の「今」を生きているのか、私にはわからないけれど、そこに少しでも成長した私がいるのなら、それで充分満足だ。