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白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

「死にたい」、「学校に行きたくない」と思った時こそ逆転のチャンスの始まりである

日々の記録

「死にたい」、「逃げたい」

誰しも一度は本気でそう思ったことはないだろうか。

少なくとも私はあった。それも一度どころではない。

きっとこんなところに辿り着くような人は、何か今大きな悩みがあるだろう。

だとしたら、一つだけ、声高に言いたい。

「死にたい」と思った時こそ逆転のチャンスが始まるのだと。

私自身の人生を紐解きながら、それについて書き留めようと思う。
少しばかりお付き合い頂けたら幸いである。

散々な学生時代

ずっと「普通になりたい」と思っていた。
私は、人と何か違うように感じていたからだ。

小学生の頃には既に「若くして死にたい」と思っていたし、
中学受験の模試の当日、体育の授業、「逃げたい」と思っては、
逃げられない状況に悲観していた。(実際に当日に一人逃走することもあった。)

中学生の頃は、家庭科の授業で立てた人生設計で、
25で作家デビューし、33には人気絶頂の内、薬物自殺を遂げるとある。
当時、自分の中でブームになっていた文豪たちが「カルモチン」という薬物で自殺していたことに由来していると思われる。

芥川が書き残した「ぼんやりとした不安」という言葉。
小さい頃は、ぼんやりと訳のわからない現実への恐怖に対して、似通った言葉だと思っていた。
しかし、いじめを受けた中学時代、恐ろしい病気にかかり不登校になった高校時代を過ぎて、不安はハッキリと、より確かなものに変わっていった。

そして、大学時代。単位のために出席点を稼ぐ以外は、寝たきりの生活を送っていた時、
「もう早く死んだ方が良いな」
と、一種の諦めのような気持ちが湧いてくるようになった。

「自殺 方法」

「楽に死ぬ方法」

「早く死にたい」

気がつくとネットで検索しては、どうしたら死ねるのかと考える日々が続くようになっていった。

そんなおろかな日々の中、なんとか単位は全部取ったものの、卒論のデータを紛失し、留年までしてしまった。
人生のレールなんて簡単に一気に転がり落ちてしまうものだと思った。

自分は、生まれた頃から「早く死にたい」と「現実から逃げたい」と思っていたのかもしれない。

社会人になって訪れた転機

しかし、転機は訪れる。
就職氷河期であったが、やりたかった仕事に就くことができたのだ。
大学に行ったのは、その仕事に就くのに必要な資格を取るためだった。

私は、大学に籍を残したまま、卒論を復元しながら働くことに決めた。
憧れの職業で憧れの正社員。

まぁ、最初の内は仕事はできない、まともに会話できない、散々な人間だった。
人事はよく採ったもんだ。
待遇も本当に悪かったし、離職率も高く、はっきりいってブラックだったからか。  

けれど、社会人の方が閉鎖的でネチネチした学校なんかよりよっぽどマシだ。
勉強しながらお金も貰える。変なやつも勿論いるが、学校のようなくだらない低俗な人間はいない。
それに、仕事に誠意を持って取り組めば、絶対に自分に返ってくる。いじめるやつなんていない。

あの頃の地獄に比べれば、サービス残業長時間労働だって全然怖くない。

その成果を認めてくれたからか、入社一年後には管理職になっていたし、周りから必要とされる人間となっていた。

徐々に徐々に、「死にたい」の気持ちは「死にたい人を助けたい」に変わっていった。

そして、今、国の教育や政策に制度側から関わるために、学生時代、できなかったことをやるために、公務員試験に挑戦することにした。

今年の結果は散々だが、ようやく自分で新たなレールを構築できるようになったと、私にとっては偉大な一歩だと感じるようになったのだ。

今になって考える自殺者への思い

もしあのとき自殺していたら、きっとそんなことはなかっただろう。
私の知り合いや身内には、若くして亡くなってしまった人がいる。
きっとその人たちだって、もしかしたら、今の私のような気持ちになれる日が来たかもしれない。

日本は年間三万人が自殺するという。
毎年、コンスタントに。
死という穴が三万個どこかにあって、普通の人間が知らない内にハマってしまって、死を選んでいるとしか考えられない。
その穴を埋めることができたら、もっとこの世界は生きやすくなるはずだ。

もし、今君が学校に行きたくないと思ったら、行かなくたって良い。
ただ、希望は絶対に捨ててはいけない。
希望を捨てたら、蜘蛛の糸は降りてこない。

昔読んだ古典文学に「モンテ・クリスト伯(岩窟王)」というのがあった。
あまり内容は覚えてないのだが、無実の罪で長年幽閉されたモンテ・クリスト伯が脱獄した後、自分を騙した連中に復讐をし、出世ていくストーリーだった気がする。

そんなモンテ・クリスト伯にこんな言葉がある。

「待て、しかして希望せよ!」

どんな苦しい状況でも希望を持ってチャンスを待っていれば、いつかは転機が訪れる。

今苦しいのは一時のこと。
チャンスを見つける機会をじっと待ち、今だと思ったら討つ。

君たちには、絶対にそんなチャンスが訪れるはずだ。

だからこそ、再度声高に言いたい。

「死にたい」と思った時こそ逆転のチャンスが始まるのだと