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白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

「夢を見なくなったら終わりだ」なんて思う今日この頃

夢と挫折。

皆さんは子供の頃、どんな「夢」を持っていただろうか?
きっと誰しも将来に希望みたいなものを持っていただろう。
実際小学生の頃の卒業文集など開いてみると、サッカー選手、女優、研究者、漫画家と名だたる職業が並んでいる。
大人になってみて初めて、子供の頃に描いた夢は、現実味を帯びていない「夢」ばかりだったと感じるようになった。

さらに保育園の頃まで辿ってみると、女児の将来なりたい職業トップ3が
1位 花屋さん
2位 おみせやさん
3位 お嫁さん
であった。(中にはセーラームーンや金魚などの珍回答もあった。)

今にして考えれば、「花屋は立ち仕事で水場だから手が荒れそう」だの「ショップ店員はノルマが大変なわりに給料低いし若い人しかいなそう」など具体的な情景が思い浮かんでしまう。

「お嫁さん?そりゃあ今でも人気な職業なんじゃあないでしょうか。」
そういう意味で女児は現実味を帯びている、かもしれない。

では、そんな小さい頃の「夢」、皆さんは叶えられただろうか?

大なり小なり叶わなかった「夢」もなかろうか。

筆者もそんな一人である。

筆者の人生の挫折経験とその立ち直りまでは、以下に記したが

imyeden.hatenablog.com

小さい頃、「若くして死にたい」と思う傍ら、ほんの少し人生に期待をしていた時期もあった。
以下が夢の記録である。

「小説家」
文章を書く、空想を形にすることが好きだった。

「考古学者」
歴史を研究するのに興味があった。

「図書館の先生」
本が好きだった。

「役者」
自分でない誰かになれるのが魅力だった。

そのどれもが実際の職業にすることはできなかった。

が、やはり自分のやりたいことというのは追いかけているからか、自然と近しい結果に巡り会えるものだと思った。
何だかんだで、そのどれもに似た仕事をすることはできたのだ。

一例をあげると、小説家ではないが広報でライティング業務をしたり、考古学者ではないが郷土研究家と合同で郷土誌を発行したなどである。

完璧な「夢」の実現を願わなければ、現実に落としこんだ形で夢は叶うものだ。
私はそう信じている。

子供の頃に描いた「夢」

きっと誰しもその夢と挫折と実現の物語があるのだろう。

しかし、例え実現することはなかったとしても、その人の人生経験の中で、いつのまにか追いかけて、思いがけない形で掴んでいる、あるいはこれから掴むことだってあるかもしれない。

夢を見なくなったら、それはそれでつまらないと私は思うのだ。
夢を見るのは楽しい、夢を聞くのも楽しい。

皆さんの夢は何だろうか。





Netflix火花お題「夢と挫折」



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