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白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

思えば働いていたときはいろいろな人に出会った。

予備校に通う途中で、この暑い中、道端に座っている高齢者がいる。

いつ見ても同じ場所にいる彼をホームレスだと気が付くようになってから、前職での記憶がふっと蘇ってきた。

 

私は、ほんの数ヵ月前まで公共施設に勤めていた。

公に開かれた場というだけあり、本当にいろいろな人間との出会いがあった。

当たり前のことをしているだけなのに感謝されることもあったし、

ちょっとしたことでもクレームに発展する怖さもあった。

もちろんこちらの落ち度に気が付くことができるから、ご意見は貴重である。

が、時として厄介なこともあった。

「くさい人がいるから注意してほしい。」

こんなご意見である。

注意して治るものなのかと、駆けつけてみれば確かに納豆のような発酵した臭いがする高齢者がいた。他の職員も臭うと言っている。

体臭だったら、病気によるものだったら、咄嗟に何個か最悪のパターンが駆け巡る。

しかし、ここで何もしないわけにもいかない。

どう対応するか迷ったが、別件で用があると声をかけ、その場を移動させ、それとなく生活について聞いてみることにする。

 

風呂に入っていないということがわかった。

どうやらきちんとした実家もないらしい。

ホームレスだった。

 

現場では、他にも利用者同士のトラブルで警察沙汰になったり、

子どもがイタズラでとんでもないことを起こしたり、死人が出たこともあった。

思い返してみても本当にいろいろな人がいた。

いくらここがネットの隅とはいえ、書き残してはいけないような気がしてしまう。

吐き出したいことはあるが、これ以上は自粛する。

 

ただ、本当にこの世は異なる境遇、違った価値観を抱く他者という存在がいて、

自分の小さな常識なんて通用しないことがあると学んだ。

 

レジャー施設はお金を出した人に対価としてサービスを提供する。

公共施設は無料で利用できる。

どの人に対しても同等のサービスを提供する。

利用していない住民の方々も納得するようなサービスではないといけないと上司は言っていた。

本当にこれは難しい。

誰にでも平等な対応というのが一番難しいのだ。

しかも平等というのは、誰に対しても同じように扱うことではない。

障害のある方が健常者と同じようにすることが難しいように、

それに見合った補助みたいなもの、

人によっては、ある種の優遇のように写るものだって時として必要だ。

その逆もしかり。

 

話を戻すが、先のホームレスだって当然に公共施設を利用する権利がある。

しかし、運営上、他者の迷惑になるようであれば、こちらが退館を命じる義務がある。

 

結局、その臭いの強い高齢者には支援施設の紹介をして、

「今度はお風呂に入ってから来てください」と対応した。

彼は了承して退館していった。

果たしてこれで良かったのだろうかと、思ったりもするのだが。

 

ただ、先のホームレスも、予備校の道筋で出会うホームレスも、彼らの歩んできた人生がある。

好きでなったなら別だけども、何か理由や原因があって今に至ったのだろう。

誰だってこの先なんてどうなるかはわからない。

とても「自己責任」なんて安っぽい言葉で片付けたくはない。

私はこの言葉が酷く嫌いである。

だからこそ行政側がこうした人の縁となり「おせっかい」を焼くべきだと思うのだ。

彼らを目にする度にそんな思いが止まらなくなる。

・・・そんな遠吠えも今の無職の自分にはどうすることもできない。

無力である。