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日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

引きこもりは何かのきっかけやタイミングがなければ這い出せない

大人の引きこもりが平均22年に及ぶという記事をインターネットで見た。※現在は削除されている。
22年!なんとも気の長い歳月であろう。生まれたばかりの赤ん坊も社会人になってしまう。どうしてそんな時間を引きこもってしまうのだろうか。誰も助けてやれなかったのだろうか。元「引きこもり」としては、黙っていられなくなった。

そもそも引きこもりとは何なのか。

厚生労働省の定義を抜粋すると、

「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」を「ひきこもり」と呼んでいます。
「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではなく、様々な要因が背景になって生じます。ひきこもりのいる世帯数は、約32万世帯とされています。

だそうだ。仕事もせず、学校にも行かず、家族はおろか誰とも交流をしないが、予備校に行って勉強をしている自分は、引きこもりに大手がかかっているようで驚いた!
それはともかく、前述の22年以上も外的な交流がなく、家に引きこもっている人間がいるという事実はやはり衝撃である。病気や何かしらの理由があるには間違いない。引きこもるきっかけみたいなものがあって、そこから這い出せないまま来てしまった人もいるのだろう。

私が思うに一度引きこもりになってしまったら、何かのきっかけやタイミングがなければ、本当にそのまま現状維持になってしまうことが多いと思う。私が全う?な人間に戻れたのは就職というタイミングであったし、逆に就職を失敗した同級生は3年引きこもってしまった。その後、彼女は新卒時代に「絶対にやりたくない」と言っていた介護の仕事で社会復帰した。あまりその辺りのアレコレは聞いていないが、祖父の介護が今の仕事につくきっかけになったという。何かしらの変化がなければ、今の結果はない。

もし、現在の私が引きこもり時代の私に会いに行けるとしたら、無理やりにでも外の世界に連れ出すし、運動もさせるし、新しい興味を引き出すきっかけを作ってあげる。若い内にやれた楽しいこともたくさんあっただろうに。当時はそんなものは知らなかったし、自分の部屋が世界の中心だった。結局、狭い世界ではその先はないのである。誰かや何かが引っ張ってくれたらどんなに良かっただろう。

これを見ている人の中で、身内に引きこもりがいるという人がいるとしたら、そっとしておくより、変化のきっかけを与えてあげた方が良いと思う。今は自治体がサポートステーションで支援を行っていたり、NPOによる自立支援活動もある。同じような悩みを抱えている人はたくさんいる。そのままいつか這い出してくれるという思い込みは、当事者自身も後々苦しめるのではないか。何もないまま時が過ぎた時に、その現実に絶望して苦しいのは当事者自身だ。時が経てば経つほど動けなくなってしまう。
引きこもり本人も困っているなら誰かに助けを求めて良い。自分一人ではどうにもならないことがこの世にはたくさんある。助けを求めるのは早ければ早いほど良い。先延ばしにしていると負の領域はどんどん大きくなっていってしまう。たとえば、仕事のミスは隠したくなってしまうけれど、早いうちに上司に報告した方が結果として良い方向に取り返すことができる。だから、誰かや何かを頼ることは別に悪いことじゃない。私自身が社会復帰してわかったことは、人との繋がりや人からの影響というのがどれだけ大切なものかということだ。 時として誰かや何かに助けを求めることは必要。変化をくれる人も大切。もし引きこもりで困っている人がいるのなら自治体でも親でも知人でも何でも良いからまずは小さな変化を探して欲しい。