白と黒の境界線

日々徒然をネットの隅に残す記録簿 気まぐれに更新中

人生をやり直せば良かったは幻想だと悟った

毎日、毎日いろいろな人生に触れている。

この世界にくる前から多様な生き方には触れてきた方だと思っていた。世の中には貧困、障害、DV、性、病気、失敗、失業、事故、借金、パワハラ、セクハラ、離婚、一人親家庭、介護、いじめ、不登校ニート、引きこもり、自殺と多数の「生きづらさ」が存在する。それを理解していたつもりでも、いざ目の前にしてみると逃げ出したくなるような、言葉では伝えられない感情に押し潰されそうになる。

人生は本当にいろいろなのだ。育った境遇も辿ってきた道も違えば、価値観も思考回路も全く異なる。同じように見えて全く違う生き物だ。

だから、普通に生活ができて、親もいて、進学して、就職するというのが、如何に恵まれているか実感する。普通は普通ではない。よくネットで言われる「何となく人生のレールを進んできた」って本当に器用なことだと思う。何となくで成人まで生きられちゃったんでしょ? すごい恵まれているわ。

私も「もし病気にならなかったら」、「もしあのとき大学の推薦を受け入れていれば」、「もしあのときこうしていれば」と散々考えて来た。たらればをね。でも、そもそも今こうして普通に息をしてブログ書けていること自体が凄いことなんだよなぁと思った。

もし~の世界にいたとしても、リスクはたくさんあって、これからそうならない保証はない。

もしかしたら難病になるかもしれない、事故で肢体不自由になるかもしれない、結婚しても離婚するかもしれない、子どもがいても障害児かもしれない、就職してもブラック企業かもしれない、良い大学に行っても不登校になるかもしれない、中退したかもしれない。

どんな状況でも、もしも~はいくらでも語れてしまう。じゃあ、今いろいろあったけど、自分で立って仕事にも行けて、ブログも書いてるよということは、もしかしたらあったかもしれない幾多のリスクを回避してきたとも言える。

人生やり直せば良かった。私は今でもそう思うけど、やり直してもリスクはあるのだと知った。どんな人生を辿っても100%安パイなんてないからね。

それこそ今の職業だって待遇悪化に悪化+仕事は増える増えるでこの先どうなるかなんてわからない。おまけにまた自分が倒れて病気になるかもしれない。もしかしたら明日死んでいるかもしれない。

やり直しても次の日に事故で死んだかもしれない、重度障がい者になったかもしれない。その選択をしなかった、やり直さなかった人生の方が満足したかもしれない。やり直したい気持ちは全部、結果論。

だから、もしもは考えないほうが良い。動けなくなるから。やるなら頭空っぽの方が有利である。また、人生をやり直さなくても、運良く回避してきたリスクはあるはずだ。

人生には「変えられること」と「変えられないこと」がある。過去、他人、感情は自分ではどうしようもできない生理反応である。思考、願望、未来、つまり行為は自分が変えることができる。どうしようもないことはどうしようもないから時間や労力をかけること自体が無駄なのだ。

そこに気がつくまでに何十年もかかった。頭では理解していても、納得して身に付くまで時間がかかった。 こういう風に考えられるようになったのは、多様な人生を身を持って理解してきたからだと思う。