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日々徒然をネットの隅に残す記録簿 専門は社会教育と文化振興

郊外の夢とサードプレイス(1)

こう‐がい〔カウグワイ〕【郊外】
都市に隣接した地域。市街地周辺の田園地帯。
デジタル大辞泉」より。

かつての日本人のライフスタイルは、20代で結婚をして子どもを持ち、郊外に家を建て、男はモーレツに仕事をし、女は家庭に入ってサポート役に回るというのが一般的な人生だったという。こうした分業制は、家庭内だけではなく、都市の機能においても同様のことが言えた。大企業が集まる中心部は働く場所、そこから離れた郊外には住宅地やスーパーが集まる居住地としての機能を持った。閑静な住宅街に一戸建ての我が家。たくさんのニュータウンが開発された東京圏には多数の上京者が集まった。かたや企業戦士としてあくせく働き、かたや良妻賢母として家庭内のいざこざに追われる。こうしたかつての一般的な家族の夢が、「郊外に家を持つ」ことだった。田園調布に家が建つ~!

今や昔、郊外の夢というものがありけり。都心から遠く、駅からも遠く、戸建ての維持費にも金がかかる郊外のニュータウンは、もはやゴーストタウン寸前になっている。私も多摩ニュータウン聖蹟桜ヶ丘を探索したことがあるが、駅から住宅街に辿り着くまでの坂が大変で、高齢者や小さな子どもがいる家庭には不便だろうなと思った。街自体は本当に綺麗なのに勿体ない。バスの送迎がもっとあればね。散策したのはこれ↓

耳をすませばの舞台は今や過疎地へ~多摩ニュータウン聖蹟桜ヶ丘探索~
http://imyeden.hatenablog.com/entry/2018/02/12/023648

郊外が廃れていくのは聖蹟桜ヶ丘だけではなく、この記事にあるように田園都市沿線の不便地帯も危なくなっているようだ。

老い田園都市…人気路線を買っていいのはどの駅まで?
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180811-00000019-nkgendai-life

<しかし今、戸建てを中心に空き家が増え、人気に陰りが見え始めているという。先月、日経新聞(7月3日付)が「老い多摩田園都市」という見出しで、住民の高齢化が進み、宅地に買い手がつきにくくなっている現状を報じた。

こうした状況は田園都市に限ったことではなく、各地の郊外型住宅地で起こっているという。

京王線聖蹟桜ケ丘がいい例です。100坪クラスの屋敷が立ち並び、かつては“多摩の田園調布”と称されましたが、やはり丘陵地にあって住民が減り、地価が暴落しています。>

聖蹟桜ヶ丘も駅前はデパートがあり、人通りは多かった。恐らく駅前のマンションやアパートは普通に暮らせる。問題は駅から遠い住宅街だ。あの坂を毎日登り降りできるのは若い内だけだろうな。郊外は概して不便なのである。これも駅前の騒がしさから離れて高台の上の広い家で暮らすというのがある種のステータスだったからなのだろう。今は別にそんなものはどうでもよくて、勤務地から近く、買い物も楽で、アクセスも良く、いかに安く暮らせるか。コスパ重視の傾向にある。足立区の北千住や北区の赤羽という東の庶民地域の人気が上がり、かつての西の高級住宅街が廃れていくのは理解できる。単純な居住地としての機能しか持たない地域には人は寄り付かなくなってきている。

そんな中で、郊外に働く場所を増やそうという動きもある。たとえば、上記の田園都市沿線である二子玉川には楽天本社が越してきた。更に進み横浜市でも大企業の誘致に積極的で、資生堂京急本社等が東京から移転している。郊外の活性には、居住地以外の機能、要するに都心と同様に、働く場所も遊ぶ場所も近くにあって便利としていけば再び人は集まってくるという訳だ。

タワマンより豊か 衰退するにはもったいない首都圏の名作ニュータウン3選
https://www.sankeibiz.jp/econome/news/170711/ecc1707111104002-n1.htm

ここでは郊外を在宅勤務地やリタイアした中高年の居場所、週末リゾート都市(IR)として整備し直すべきと提言されている。住むだけではない、新たな居場所としての機能を持たせることが必要ということだ。

居場所作り。インターネットでも、シェアハウスや地方創生だのが盛んに議論されている。私が今注目している言葉に「サードプレイス」というものがある。端的に言えば、職場・学校、家庭以外の第3の居場所のことだ。図書館なんかもサードプレイスとしての機能=あらゆる人を受け入れるコミュニティとしての機能が、今後更に重要になってくると思う。

次回は、このサードプレイスと郊外の関係、そしてサードプレイスとは何か、あえなく孤立状態の人たちがどう居場所を作っていくのかについて、いずれ書きたいと思う。